ヨミガエる鬼神1
8)
草木も眠る、丑三つ時。
「……マジかよ」
校庭を見下ろす花壇の植え込みの陰に身を潜めながら、オレは目を丸くしていた。
今夜この校庭で、破られた封印帳の一頁と誘拐された透を交換する約束だった。
気合を入れるために、演劇部に借りた特攻服を着て、髪型ははリーゼント、腹にサラシ、手には金属バットという臨戦態勢で望んだつもりだったけど……目の前に広がっていたのは、それ以上の光景だったんだ。
星明りに照らし出された校庭は、隅から隅まで魑魅魍魎たちでびっしり埋め尽くされていた。
これこそまさに、百鬼夜行。
まるで青嵐学園七不思議に関わる全ての妖怪、幽霊たちが一堂に会しているようだ。
数が多いってだけじゃない。今夜の魑魅魍魎たちは、数日前とくらべてその姿がはっきりと目に見えるようになっている。
そういえば会長が言ってたっけ、鬼神の封印が解けかかってその魔力が付近の魑魅魍魎たちにも流れ込んでいるって。
「とにかく、ビビってる場合じゃねえ。行くぞ!」
妖怪だらけの校庭に足を踏み入れるなんて正直ぞっとしないけど、今はそんなことを言える状況じゃない。意を決して、茂みを飛び出し校庭へと歩を進めた。
「人間だ! 人間がいる!」
「キュシュビシャブラグラー!」
「オマエ、マルカジリ」
オレに気がついた魑魅魍魎たちがもの珍しそうに近づいてくる。でも、一定以上の距離には接近しようとしなかった。
(よかった、ちゃんと効いてるみたいだ)
魔物を遠ざけているのは、次郎丸会長から預かった八曜鏡の効果だろう。魔を払うとされるこの宝具は、低級妖怪なら近寄るだけでダメージを与えることができるんだそうだ。
ふと、思った。
透が誘拐されたあの日、急にアイツの体調が悪くなったのはこの八曜鏡のせいだったのかもしれない。座敷わらしがどの程度の妖怪か知らないけれど、RPGなんかじゃ序盤に出てくる雑魚のイメージだ。魔よけの宝具と同じ部屋にいるのはさぞかしダメージだったろう。だとしたら、知らないことだったとはいえ、悪いことをした。
透に会えたら、ちゃんと謝ろう。
フェンスを乗り越えて、校庭に入った。
魑魅魍魎がウヨウヨとあふれる校庭の向こう、朝礼台の上に白神一子の姿があった。ミニスカートの制服、金に近い茶髪と素顔がわからないくらいの派手なメイク。最初に弓道場で会った時と同じのギャルファッションだ。
あのときは、まさか彼女が魑魅魍魎だなんて思いもしなかった。今だって、目の前の彼女はどこをどう見ても人間、それもかなりイケてる部類の女子高生にしか見えない。
オレをみつけると、白神一子は不敵に微笑んだ。
「よく来たわね、姫雪クン。こう言っちゃなんだけど、キミって馬鹿なの? 人間の世界よりも、自分の彼女の方が大事なわけ? しかもその彼女ってのが人間じゃなくて妖怪だなんて、超ウケる」
「うるさい! そんなことより透は無事なんだろうな!」
「ええ、もちろん無事よ。てゆうか、目の前にいるじゃない」
「何?」
オレは驚いて目を凝らした。
「まぁ、ちょっとおしおきはさせてもらったけどね。まったく由緒正しい妖怪のクセに、人間に正体を知られたくないなんて理由で大事な封印帳を傷つけるなんて妖怪の風上にも置けないわよ」
目を凝らすと、白神一子の傍らに少女が一人、縄を打たれてペタリと座り込んでいた。
白い絣の着物を着て紺色の丹前を羽織り、真っ直ぐな黒髪を肩まで伸ばしたその姿は、怪談本の挿絵なんかにでてくる座敷わらしそのまんまだ。
「透……透なのか?」
「九郎ちゃん、お願い見ないで。……妖怪に変身したこの姿、九郎ちゃんにだけは見られたくなかった」
ポストマンに渡された手紙にもそんなことが書かれていたっけ。
けれど目の前の透の姿は……
「妖怪に変身って、何言ってんだ。いつもと全然違わないじゃねえかよ! どうみても単なるコスプレじゃねえか!」
服装と髪形が違うだけで、顔つきから身体つきにいたるまで九郎の知っている透と寸分変わりがなかった。
「そんなことないよぉ、いつもはもっとオシャレだもん。だいたい、いまどき絣の着物ってなくない? 髪型だってダサダサだし。てゆうか九郎ちゃん、どうして来ちゃったの? 手紙、読まなかった? 封印帳を渡したら鬼神様が復活しちゃう。そうしたら、人間の世界も滅んじゃうかもしれないんだよ。だから、来ちゃダメだったのに」
「手紙なら読んださ」
「なら、どうして?」
「このまま人間の世界が平穏無事でも、おまえがいないんじゃ意味がないだろ」
「ボクは、妖怪なんだよ。しかも、半年間ずっとキミを騙し続けてきた……」
「それは違う。オレ、思い出したんだ。家族をなくしてどうしていいか分からなくなっていたときに、おまえはオレの前に現れた。透は、ずっとオレを守ってくれてたんだよな」
「……九郎ちゃん、ごめんね」
「いいから、もう何も言うな」




