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不可思議セブンティセブン1

(5)


 翌日の深夜。


 部活棟の窓を開けて、オレは再び校舎の中へ侵入した。


 学園七不思議を制覇し、封印帳をコンプリートするためだ。


 深夜の校舎は、一昨日と同じく真っ暗だった。辺りを照らすのは非常灯の緑の光だけ。


「やっぱ、気味悪いなあ」


 手には封印帳と透のノートを握りしめ、腹には八曜鏡がくくりつけてあった。これで準備は万端なはずだ。


「にしても、白神先輩はなに勘違いしてるんだろ。オレの一番大切なものを預かるって言っておいて、透なんかさらっていっちまうんだから。おかしいですよね」


 そう愚痴りながら後ろを振り返る。


 ――そこにいるのは完全無欠の美少女生徒会長、次郎丸真紅様だ。


「あのぉ、私は何でここにいるのかしら?」


 オレは半ば強引に会長を連れてきていた。


「クラスメイトの座志木透を助けるために、これからオレは封印帳をコンプリートしなきゃいけないんです。会長は学園七不思議に詳しいでしょう」


 さすがに透が女とまでは明かせないけれど、それ以外の経緯はほぼ真実を説明してある。


「そりゃあ、この私より七不思議に詳しい人間はいないでしょうけど……って、私が言いたいのはそういうことじゃなくて、忘れたの? 私は姫雪君に封印帳を返して欲しいと頼んでいるのよ。それなのに、なんで封印帳を制覇してビチ子に渡すなんて真逆の行為に手を貸さなきゃならないの?」


 会長の訴えを聞いて、オレはフンと鼻を鳴らした。


「あのときオレに八曜鏡を預けたってことは、会長は白神先輩が人体模型の付喪神だって知ってたんですよね。でも、黙ってた。会長が前もって教えてくれてれば、オレにだってもう少し対応ってモンがあったんだ。つまり透が誘拐されたのは、八割がた会長のせいってことです」


「八割って、それは多すぎない?」


「それに、オレは学園七不思議をコンプリートするつもりですけど、完成した封印帳を先輩に渡すとは言ってません」


「えっ?」


「だって、封印帳と引き換えに透を返してもらえるって保証はどこにもないでしょう。なにしろ白神先輩は自分の欲のために封印帳を盗み、透を誘拐するような悪人、じゃなくて悪霊なんですから」


 そう言ってからオレはグッと唇を噛み締める。先輩はたしかに「自分の願いをかなえるために封印帳を盗んだ」とそう言った。これまでの言動を考えたら、彼女を庇い立てする理由は一つもない。


 でも本当にそうだろうか? 


 先輩のみせた悲しげな表情がオレの胸を締め付ける。


「で、考えたんです。制覇した封印帳を自分で使って透を取り返すようにお願いをすればいいんじゃないかって。それでなんですけど、聖玉と契約できるのは清らかな身体の持ち主だけなんですよね。できれば会長にはそれもお願いできませんか? 透を無事救出したら、間違いなく封印帳はお返ししますから」


「それは無理よ」


「なぜです? 昨日、自分は新品だって……まさか一晩で済ませちゃったんですか?」


「えっ?」


「そんな……じゃあもう会長は清らかな乙女じゃないんですね」


 強烈なビンタがオレの頬を光速で往復した。


「何考えてるのよ、バカ! そうじゃないの。よく聞いて。封印帳を制覇して聖玉と契約したら、とんでもない事が起こる。青嵐の地に眠る鬼神が復活してしまうの」


「鬼神って……そんな、まさか」


「本当よ。昔、青嵐の地に土地神を祀る神社があったことは話したでしょう。そこに祀られていた土地神っていうのが、この地に棲む魔物たちを統べる鬼の王なの。かつて理事長は封印帳を制覇し、聖玉と契約を行って鬼神を封印した。彼女が死んだ今も、その契約は辛うじて保たれているわ。でも、だれかが聖玉と新しい契約を結べば、古い契約は破棄されて魑魅魍魎たちの王が復活してしまうの」


 そういえば、白神先輩もそんなことを言ってたっけ。


 理事長は学園を守るために聖玉と契約をして、その契約を維持するために死ぬまで貞操を守っていたって。なるほど理事長が行った契約っていうのは、土地神イコール鬼の王を封印することだったのか。


「ちなみに、その鬼神が復活したらどうなるんです?」」 


 恐る恐る尋ねると、次郎丸会長はありえないと言わんばかりに首を振った。


「この世界は、魑魅魍魎が闊歩する妖怪たちの世界になってしまうでしょうね」


 なんとなく思った。白神先輩は聖玉と契約することよりも、むしろ鬼神が復活することを狙っているのかもしれない。


「そんなわけだから封印帳の制覇は諦めてちょうだい。お友達の救出は、また別のやり方を考えましょう」


 確かに会長の言う通り、いくら透を取り返しても、この世界が魑魅魍魎の世界になっちゃ困る。昨夜の学校のように作曲家小人や篭り鼠がウロウロしている世界なんて……あれ? それって、そんなに悪いモンか?


 オレは大きくかぶりを振った。


「ダメです、諦めません」


「どうしてよ。鬼神の封印が解けたら、人間の世界は大変なことになるのよ」


「鬼神の封印が解けたら人間の世界が大変なことになる。ってことは、人間世界を平和に保つには鬼神はずうっと封印されっぱなしですか? それって鬼神が可哀想じゃないですか? 鬼神の気持ちを考えたことはないんですか? それに、魑魅魍魎たちが闊歩する世界のどこが悪いんです? オレは、自分が人間だからってそれだけで人間の味方をするほど単細胞じゃないですから」


 得意気に胸をはるオレに、会長はガックリと肩を落とした。


「いや、そこはシンプルにいこうよ。人間の味方でいいじゃない、人間だもの」


 後半はみつを調になっている。でも、オレの気持ちは揺るがなかった。


「とにかく、オレは透を助けるために封印帳を制覇します。アイツはいきなり家族が死んじゃって一人ぼっちになっちまった。そんな世界の理不尽に必死で耐えてきたんです。その上、オレの大切なものでもなんでもないのに勘違いでさらわれちまって、今ごろどんな目にあわされてるか。熱だってあったのに……アイツはオレが守ってやんなきゃダメなんです」


 人間の世界よりも何よりも、まずは透を助け出すことが先決だ。


 すると、会長はぼそっと何事かをつぶやいた。


「……なによ、結局一番大切にしてるじゃない。そんなんだから攫われるんでしょ」


「えっ、何か言いました?」


 すると今度は、半ばヤケクソ気味にこう言った。


「フン、しょうがないから付き合ってあげるって言ったの! こうなったら、青嵐学園生徒会長の次郎丸真紅様が、あなたに必ず学園七不思議を完全制覇させてあげるわよ!」


「ありがとうございます」


「でもね、そのかわりに条件があるわ」


「条件?」


 反射的に怪訝な顔になるオレの頬を、会長はいきなり両手でひっぱたいた。


「な、何するんです!?」


 そのまま両手で頬を挟み込み、グイっと引き寄せる。華奢な外見からは想像もできない強い力だった。額と額がぶつかってゴツという鈍い音を立てる。黒い大きな瞳がオレを吸い込んでしまいそうなくらいに近くなった。


「条件っていうのはね、姫雪君がもうすこしリラックスすること。そんな風に張り詰めてたら、魑魅魍魎どもに足をすくわれるわよ」


「……会長」


「付喪神は忌々しい低級霊だけど悪霊じゃない。だから大丈夫。お友だちの命まで奪うようなことはしないから」


「……はい」


「学園一の美少女との七不思議巡りを楽しむくらいの気持ちでいなさい。いいわね」


 そう言って会長はニコリと微笑む。オレは大きく深呼吸をして、会長に頷いた。


「条件なんていうから、また彼氏になれって言われるのかと思いました」


「うぬぼれちゃって。まあいいわ、その調子よ。じゃあ早速行きましょう。しっかりついてきなさい」

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