六話・7
朱音はどんな反応をしているんだろうと見てみれば相変わらずの微笑みで、明らかにこの状況を楽しんでいやがる。
こいつは戦力にならないに違いない。
そしてもう一人、リーシャと同学年のお嬢様はと視線を移せば、肩身が狭そうにおずおずと小さく手を上げて、
「で、でも……その……」
「何か気付いたことでもあったか、先輩?」
「う……見たのは、その、駄目なんだけど……でも事故なんだから、ちゃんと話せば大丈夫なんじゃ……?……事故、なら……」
他の三人とは違って多少なりともこっちの心情を考えてくれていると分かる、かなり真っ当な意見がきた。
正直、この普通さが身に染みる。
……でも絶対半分以上わざとだと思っているから素直には喜べないけど。
ただまあ、如何せん普通すぎだ。
それくらいなら春輝だって思い付くし、実際に口に出した。
事故なんだからノーカンにしようとか、自発的な記憶喪失を起こすから何も無かったことにしようとか、何とか穏便に済ませようとした。
その結果……
「……『行方不明になるのと、不幸な事故で天国行きになるのとどっちがいいですか?』って、訊かれたんだよ……」
「え? え、え?」
「なんやそれ?
どうすりゃそんな選択肢が出てくるんよ?」
頭の上にはてなマークを浮かべるななみと香取だけど、オレリアは何かに気付いたようで頬を引きつらせ、朱音は……口元を手で隠しながらクスクス笑っていやがる。
流石は腹黒、人の不幸がそんなにも楽しいか。
他のことに気を取られている三人がそれに気付かない内に朱音は表情を戻し、それからわざとらしく頬に手を当て、
「……つまり、『無かったこと』にしたいというなら、春輝くんが『死んでしまったこと』になるんですね?
死人とは結婚出来ませんから」
「あー、そうだよお前の言う通りだよ。
あんのマーダー侍女め、すっげえ嬉しそうに殺人計画話しやがって……」
脳裏に浮かぶハーティの笑顔に思わず震えがきて、春輝は自分の体を抱き締める。
嫌だ……北京ダックみたいに吊るされたまま熱した油をかけられた挙げ句に海に叩き込まれるのも、喉を潰された状態でサバンナのど真ん中に放り出されるのも、どっちも嫌だ……!
他の奴が言ったなら冗談だろって鼻で笑えたけど、実際に殺されそうになった経験があるからちっとも笑えない。
むしろ『この女ならやる、問違いなく殺る!』と確信してしまって、しかもあの黒衣や手袋がどことなく殺し屋っぽくも感じられて、本気で怖かった。
あれが既に侍女として活躍している、いわば業界の先輩なんだと思うと……執事への道も再検討したくなる。
「とりあえず、時間は稼いだんだ。
けど、そう長くもない。
一刻も早く解決しないといけないから、誰かいいアイデアを出してくれないか?」
「ほぉー、よう時間稼ぎなんて出来たもんやな?
秘訣はなんや?」
「企業秘密」
香取の顔を見ればそれが単なる好奇心を刺激しての質問だって分かるけど、だからといって答えられる内容じゃない。
事故だったことをアピールして、アーフラム教とやらの戒律に巻き込まれる身であることを訴えた上、『頼むから考える時間をくれ』と土下座せんばかりの勢いで懇願しただなんて、言えるかっての。
もう立派すぎるくらい負け犬の仕草で、あれをビデオに納められていたら本気で首吊りを考慮するくらいの情けないシーンだ。
想像されるだけでも嫌すぎる。
思い出すと死にたくなるような真似をして何とか稼いだのは、たったの三日間。
それまでに打開策を出さないと婚姻・結婚の強制コンボが発動するか、もしくは三途の川を渡る羽目になる。
二択にしては酷すぎだ。
事態の深刻さに、春輝は軽く頬を叩いて気合いを入れ直した。
まだ死にたくも結婚したくもない、マジでやらないと。
「とにかく、どうにかしてこの話を無かったことにしたいんだよ。
何かいい案はないか?」
「勿体ないことを言うやっちゃで。
そないに言うならオレと代わってくれや。
特に婚前交渉の部分をぶふぅっ!?」
死んでも治りそうもない馬鹿を抱えた香取を強めに殴り倒し、春輝は座り直す。
地面に這い蹲るゴッキーみたいな香取に集まるのが同情じゃなくて侮蔑の視線っていう辺り、自分の行為がいかに正しいかを証明しているはず。
「俺も一応考えたんだけど、結婚の約束をした彼女がいるっていうのはどうだ?
不義理になるからって、なんとか丸め込めないか?」
「え、でも、それ……誰に頼むの?」
目をパチクリさせてのななみの質問に、春輝は腕を組む。
鳳凰寺あたりならあっさり承諾してくれて……いやその後に何が起こるか分からないから、謹んでお断りしたほうがいいかもしれないか。
それにあのお嬢様第一主義の侍女を黙らせるには、それなりに家柄が良くないとキツそうだ。
まあ、どうにしろ従育科は駄目、と。
それでもって、上育科の生徒となると……
春輝はちらりと、笑みを絶やさない朱音と偉そうに腕を紐んでいるオレリアを交互に見た。
視線の意味に気付いたようて、オレリアは俄にむっとした顔になって、
「私はしませんわよ、そんなくだらない真似」
「あー、そうだろうな。
言うと思ったんで、朱音はどうだ?」
サラ金業者並みに頼りになる幼馴染みに振ってみると、朱音は澄まし顔のまま伸ばした指を顎に当て、考える素振りをした。
流石に人目があるから猫被りモードで、これはこれで似合っているのがなんかムカッとくる。
板に付いたお嬢様ぶりを見せる朱音は、ややあってからにこりと微笑んで、
「仕方ないですね。
グランヴィルさんは逃げ腰ですし、いざとなった時は幼馴染みのよしみということで……」
「ちょっと、誰が逃げ腰ですのよっ!?」
「あら、違うんですか?
てっきり、彼女役を演じきる自信が無いのかと思いました」
「この私がその程度の事で臆するとでも思いましてっ!?」
「ああ、それじゃあカティアさんと張る自信が無いんですね?
あの方の素顔はわたしも見たことがないですけど、相当の美人でしょうし……」
「な、な、なっ……!」
朱音の安い挑発に、これでもかというくらい簡単に乗る。
金髪ドリルらしい猪突っぷりだけど、今ばかりは控えてくれないもんだろーか。
こいつらを同席させたのは失敗だったかもと後悔の念に襲われながら、春輝はどうどうと両手で二人を制して、
「頼むからケンカは後にしてくれ。
オレリアはあれだろ、俺なんかの相手役はやりたくないってだけだろ。
朱音だってそれくらい分かっているんだろ?
んな風に突っ掛かって事を荒げないでくれ」
「あら、随分とグランヴィルさんに優しいんですね?」
「……事は人命に関わるんだ。
俺の。
他人事じゃなく、俺の」
だからオレリアが何か言いたそうな顔をしているのも無視して、春輝は真面目な顔をして朱音に訊ねる。
なんだかんだで、この手の謀略で一番頼りになるのはこいつだ。
その腹黒さを存分に活かした妙案を期待して、じっと幼馴染みの顔を見る。
少しは効力があったのか、朱音はやや目を細めて「そうですねえ」と呟き、




