六話・6
「あれはどういうことですの?」
「そうですね、わたしもちょっと気になります。
教えて貰えますか?」
「さあ、ちゃちゃっと吐いてもらうで?」
「……うー、その、なんていうか聞きたい、かも」
午後の授業も終わった放課後。
いつも通り燃料切れをおこす寸前まで深閑に絞られた後、春輝は群がってくる聞きたがりに引きずられるようにしてカフェテラスへ同行させられ、見事なフォーメーションで囲まれていた。
藤條朱音にオレリア・紫苑・グランヴィルの上育科犬猿コンビ その二人に挟まれるようにして上級生ながら外見年齢最年少の七瀬ななみ、そして香取卓也という従育科好感度ワースト一位の恥知らず……と。
恐ろしく纏まりの無い面子だ。
ちなみにななみは遠目から窺っていたのを朱音に引きずり込まれた感じなので、ある意味この先輩も被害者かもしれない。
それに他のテーブルに着いている生徒も、ちらちらとこっちを窺っている。
いつもは上品ながら淀みなく会話を続けているのに、今日は言葉少なく、声も抑えられていて……もう完璧に聞き耳を立てているな、これは。
ゴシップ好きの主婦かこいつら。
……まあ、仕方ないとは思うけど。
昼休みの食堂という人が多い中を、濃紫のチャドルと黒衣のコンビという一際目立つ二人に連行される形で何重にも薄布を重ねた不可侵エリアに入って行くのを見られたし、屋外グラウンドを文字通り這いずり回っている自分達の姿を、やや離れた位置から見守るリーシャ・カティアとハーティの二人は明らかに浮いていた。
結果として、あっという間に噂は広まったらしいというか、この現状からして間違いなく広まりまくっているな。
けどそりゃあ興味を惹くよなぁ。
文字通りベールに包まれていた深窓の令嬢だ、ちょっとしたことでもスキャンダルになるのに十分なんだろう。
そこに関わっているのが知り合いなら尚更気になるだろうし。
たぶん壬卦と倉木の二人だって、事前に申請していた食堂の手伝いさえ無ければ取り囲む輪に加わっていたはずだ。
無理矢理吐かされる立場というのはかなり嫌だが、こっちとしても理不尽塗れの出来事についてぶちまけたい。
なので春輝はため息の後で自分を囲む面々を見回して、
「ちゃんと話す……その代わり、協力してくれ」
「協力って何ですか?」
澄まし顔で小首を傾げる演技しまくりの朱音の言葉に、春輝は頭を強めに掻きながら、
「相談というかアイデア出しというかまあ、それは後だな。
とりあえず何があったのかを言うから、そんなに睨むなそこのドリル」
「誰がっ……フン、まあいいですわ。
このままでは日が暮れてしまいます、さっさと話すがいいですわ」
どこまでも居丈高な態度のオレリアだけど、やっぱり好奇心は抑えきれないらしい。
いつもならとっくに怒鳴り散らして暴れているところなのに。
しかし言うことは尤もなので、春輝はひとまず端的に話してみた。
「なんっつーか……色々と不幸な事故が重なりリーシャ先輩の裸を見ちまって、そうしたら戒律がどうこうって婚約を迫られてるんだよ」
うん、ざっくり大味にまとめて言えた。
なのに取り囲んでいた面子が、一様に刺すような冷たい眼差しを向けてくれやがるのは、何でだろうな?
春輝以外の四人は密談でもするように顔を寄せ合って、
「いつか、何か突拍子もないことをするかもしれないとは思っていましたけど」
「……婦女暴行未遂で訴えられても仕方ありませんわ、この女の敵」
「正しく謎のべールに包まれとったのを無理矢理剥ぎ取るなんて……やるなハルハル、羨ましいでハルハル!」
「で、でも、事故だって言ってるよ?」
「春輝くんは、ちょっと事故が多すぎですね」
「全くですわ。
一体何人のか弱い女生徒の心に消えない傷跡を残すつもりなんですの?」
「あああ、羨ましいやっちゃで!
柔肌を、乙女の柔肌を見た挙げ句に婚約て!
そらもう何はさておき婚前交渉に努めしむっちゅうわけやな!?」
「うー……春輝君の、すけべ」
「ケダモノですわね」
「お前等いい加減黙れ。
それと香取は後でタップのし過ぎで手の皮が剥けるまで関節地獄を味あわせてやるから覚悟しとけもしくは死ね」
口々に、それはもう言いたい放題の四人に、春輝は睨みを効かせる。
特にはしゃぎまくりの香取は有言実行、後でボコる。
相談が終わって不必要になり次第ボコってやる。
唯一の味方っぽかった小さな先輩も途中で敵に回ったみたいだし……ああもうなんなんだか。
ちゃんと一から説明しなかったのがいけなかったのか?
春輝が頭を抱えたくなっていると、ほのぼの笑顔で楽しみまくりの目をした朱音が追い打ちを掛けてきた。
「それにしても婚約なんて、驚きですね」
「まだ決定したわけじゃねえよ」
心なしか弱めの声での返しになったけど、それは嘘じゃない。
昼休み。
何が何やら分からないままに『結婚』なんて予想外かつとんでもない単語を出された後。
『また後ほど』と追い出されるようにして部屋を出た後、春輝はとりあえず更衣室で服を着替えた。
ジャージから生地が薄くなっただけの夏用制服にチェンジして煮え切らない気分のまま廊下へと出てみれば、宣言通りに黒衣のハーティと、夏だっていうのに素肌の露出が殆ど無いよう濃紫色のチャドルで全身を覆い尽くして両手首に金色の腕輪を嵌めたリーシャがいた。
『一緒に来て頂けますか?』という言葉に拒否は出来ない雰囲気を感じ、食堂に連れて行かれて、そこでリーシャの帰依しているアーフラム教について等々、色々と聞かされた。
「……アーフラム教ってのはやたらと戒律が厳しいんだとよ。
基本的に人と話すのは駄目、素顔を見せるのも駄目、食事をしているのを見られるのも当然駄目で、それどころか自分で食べるのも駄目なんだと。
だから従者が必ずいて、代わりに言葉を伝えたり食べさせたりするんだってよ」
「話には聞いていますわ。
改めて聞くと、本当に不便極まりないですわね」
オレリアの言葉に、春輝も「全くだ」と頷いた。
「連行された時だって、男の前を歩いちゃいけないとか言って前を歩かされたしな。
んでもって、宣誓を行った特定認可を受けている医師以外の男で素肌を見ていいのは……」
言いづらくて、春輝はそこで一度言葉を切った。
口にするだけでこっ恥ずかしくて暴れたくなる。
けど、この問題を解決するには避けては通れない単語なので、苦い薬を無理矢理飲み込むようなつもりで言う。
「あれだ、その……生涯の伴侶だけなんだとよ」
「まあ……ベタベタな展開ですね」
「ベタ言うなっつの」
自分でもそう思うけど、巻き込まれた身としてはそんな安い一言で済まされちゃたまらない。
春輝がやれやれとため息を吐くと、にまにまと今にも殴りたくなるような笑みを浮かべた香取が肩を叩いてきて、
「そんなべタならいくらでもオッケーやないかい。
羨ましくて敵わんわ、ホンマ」
「俺は猛烈にお前と立場を交換したくてたまらないんだけどな」
「それこそ望むところや!
……にしても、男と話したらあかんのやったら、どうやってそこまで聞き出したんや?
侍女さん頼りでやったん?」
「あー、喋ったのはハーティって侍女の方だけどな。
なんでも布地で隠れて見えないけど口元にはマイクが付いていて、それを極小のイヤホンを付けた侍女が伝える方式だった」
「……意外に近代化の波に上手く乗っているものですわね。
昔は筆談か侍女の耳元で囁いていましたのに」
多少は宗教事情を知っていたらしいオレリアは、少し興醒めしたような顔をしていた。




