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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 神泉 朱之介


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六話・5

 ……そんなわけで、自分に非はないはず。


 控えめに見ても無いはずだ。


 けど、同じくらいこの手の事故で男側の言い分なんて信じてもらえないってことも理解していて、だからこそ混乱していた。


 とりあえずこういう時はなんて言えばいいんだっけ?


『初めまして』か?


『ここで何してるんだ』、か?


 それとも偶然とはいえ見てしまったことを謝るべきなのか?


 もう思考がこんがらがって、彫像のようにピクリとも動かない飴色の肌の美少女ってもしかして幻覚なんじゃないかなー、なんて現実逃避気味な考えも出て来たりして……駄目だ、現実を直視しろ、って、直視した先にいるのが半裸の美少女だから困ってるんだっての!


 いや嬉しい気持ちもあるけどな!?


 ああもうどうにもならないと、逃げるか叫ぶか気絶したいと訴える自分の弱い部分の総意を無視して、春輝はカラカラになった口の中で言い訳の言葉を用意して、


「お嬢様っ?!」


「うおぁっ……!?」


 悲鳴かと思うくらい甲高い声とほぼ同時、春輝は横手に突き飛ばされた。


 何だと思う暇もない。


 数歩たたらを踏んでバランスを取るのがやっとで、もう少しで無様にすっ転ぶところだった。


 一ヶ月じゃ大した効果はないかもしれないけど、それでも鍛えているっていうのに。


 どれだけ強い力で弾かれたんだ。


 けど、おかげで硬直状態が解けた。


 堰止め終了、ようやく思考がまともに動く。


 何が起きたのかさっぱり分からないし、まずは状況確認と春輝は改めて部屋の中央へと目を向けた。


 そこではさっきまでいなかった黒衣の女性が、足下にあった濃紫色の布を半裸少女の頭から覆い被せるようにして抱き締めていた。


「あああっ!

 お嬢様っ、申し訳ありませんリーシャお嬢様っ!

 ほんの四十二秒、替えの衣装を用意する為に往復で四十二秒必要という計算に安心して鍵を掛けずお嬢様をお一人にした挙げ句、このような不祥事を引き起こしてしまうだなんて!

 本当に申し訳ありません!!」


 ……よく分からないけど、猛烈な勢いで謝っている。


 迂闊に質問も発言も出来ない雰囲気なので半ば呆然と見ていると、騒いでいる彼女も肌が茶褐色で、やっぱりアラブ系の人なんだろうなー、と推測。


 しかも梅雨に入って夏目前なのに黒一色の簡素な長袖のワンピースを着て、おまけに黒い手袋を嵌めてストッキングだかタイツだかも黒、靴も光沢を放つ黒。


 靴底は大して厚くなさそうだから、そこそこ長身の部類に入るのかるしれない。


 肩には届いていないくらいウェーブのかかった髪型の二十歳くらいの彼女は、慌てた横顔しか見れないけど、目鼻立ちがスッキリとした美人っぽい。


 けど、それだけしか分からない。


 いったい何なんだ、この二人は。


 どうして脱いでたんだ、あの女は。


 訊きたい。


 色々と問い詰めたい。


 あと弁解もさせて欲しい。


 春輝はそう思って、口を開くチャンスを窺っていた。


 そして不意に、黒衣の彼女がこちらへと振り向いた。


「安心して下さいませ、リーシャお嬢様。

 ハーティは責任を持って対処致します」


 ……どういうことか、細い目にギラついた光を湛えて。


 見るというか睨むというか、とりあえず決意の固さだけは十二分に伝わってくる勢いで、春輝は思わず身構える。


 黒衣の女性は抱き寄せていた少女をそっと突き放し、一度彼女へと微笑みを向けた。


 それから改めて、体ごとこちらを向く。


「不始末です、間違いなくこのハーティの不始末です。

 貴方がどのような理由でこのドアを開きお嬢様の肌を見るに至ったかは存じませんがそうなってしまったのはこの私の不始末。

 それは認めます、認めざるを得ませんもの。

 しかしだからといって認めることが出来ないものは世の中に存在していて、あろうことか今正に断固として許容出来ない事態が起こりました。

 この私の不始末のせいです」


「へ……?

 いや、よく分からないけど目が怖……」


「本来ならばこのハーティ、銀の杯に毒を満たしそれを一滴残さず飲み干すことによって責任を取るべきです、そうしたいという思いは十分にあるのです。

 しかし私がそれをしてしまってはお嬢様が独りになってしまいます、そんなことは絶対になりません、それこそ私の命程度では償えない償いようのない事態です……!」


「……あ、と……意味が……」


「ですが!

 ですがですが、今ならまだ間に合います挽回できます!

 儀を成す前、そのような関係と周囲に知れ渡る前である今ならば、お嬢様の身も魂も体裁も綺麗なままで済ますことが可能です。

 ああっ、何と素晴らしい、これこそ偉大なるアッラーのご加護です!」


「…… 」


 こっちの話聞く気ゼロかよ。


 なんか陶酔するように目の辺りが和らいでるし。


 けどもすぐに恐ろしく頑な目に戻ったので、春輝は意味が分からないまま確信する。


 このままだと猛烈にヤバイ。


 本能と、ラベールブロンシュに編入して以来磨かれまくっているトラブル対応アンテナが、もうビシバシと危険だって訴えている。


 けど、何が、などと考えている暇は無かった。


 上から下まで黒尽くめの彼女は、何故だか深々と一礼して、


「そういう訳ですので、本当に申し訳ないのですが……死んで下さいませ」


「……はぁ?

 あんた、 何を、ぉぉおっ!?」


 どうしようもなく意味不明なので問い質そうとした春輝は、無様に悲鳴をあげて後ろ向きに転がり込んだ。


 受け身なんて取れなくて、床に頭をぶつけながらも一回転して座り込む。


「な、な、なっ……」


 突然の動作とストレスに跳ねまくる心臟をわし掴むように胸に手をやり、さっきまで自分がいた辺りを凝視する。


 そこには、困ったように頬に手をやる黒衣の彼女がいて、やっぱり困ったような目でこちらを見下ろしているけど、注目すべきは左手。


 いつの間にか、刀身がギラリと輝く抜き身の刃が握られていた。


「避けないで下さいませ。

 あまり時間が過ぎてしまうと誰かに見つかる可能性が……」


「見つかるとか見つからないとかじゃねえっ!

 なんだその匕首は!

 どこから出しやがったんだよおいっ?!」


「どこからだなんてそんな、恥ずかしいことを訊かないで下さいませ」


「恥ずかしい所からっ!?

 って、違う、恥ずかしがる場面じゃねえ!

 いつの間にんなもん握ってんだよおい!?」


「それは勿論 スパッといく為です。

 スパスパリンと」


「いやだからなんで斬りかかってくるんだよっ!?

 本気で死ぬぞ、それ!」


「ですから死んで下さいませ、と」


「本気で話通じねぇー?!」


 春輝は思わず叫ぶ。


 そりゃぁ絶叫したくもなる。


 とんでもなく物騒なことを言いやがるのに、口調は落ち着いているしどこにも殺気なんてない。


 なのに目はちっとも笑って無くて、何故だかちょっと焦っているようにも見える。


 けど、焦っているのはこっちだって一緒だ。

「つーか何だよさっきの動きは!?

 あんたどこの暗殺者だ?!」


「暗殺はこそこそ行うものだと存じておりますからちゃんと宣告致しました、誤解というより侮辱と受け取りますよ」


「いや侮辱の前に命の大切さについて考えような!

 特に俺の、主に俺のっ!」


 必死にアピールするけど、考慮しようって目はしてくれない。


 ヤバイ、ピンチ続行だ。


 妙な予感があって形振り構わず回避に動いたからなんとか避けられたけど、それでも首の皮一枚だ。


 二度目も運良く行くとは思えない。


 とにかく、何か、何か助かる方法を模索しないと、実力行使じゃ絶対に勝ち目は無いし、大声で叫んでも助けが来る前に殺られそうだし。


 切羽詰まった春輝は両手を前に突きだして、


「だからっ、動機!

 動機を言え、んなことする理由を!

 なんで俺が急遽滅殺されなきゃならないんだよっ!?」


「残念ながら時間がありませんので割愛という方向でお願いします、本当に重ね重ね申し訳ありませんが、でもお嬢樣の柔肌を見るというおよそ考えられる至高の幸運に恵まれたのです、思い残すことなんてどこにもございませんでしょう?」


「滅茶苦茶あるっつーの!」


 叫ぶように言って、春輝は悟った。


 駄目だ、会話して分かってしまった。


 この女、ちっともこっちの意見を聞こうとしない。


 物腰は柔らかなのに、かなり頑固だよこの人。


「では、改めまして……よい旅路を」


『旅路って黄泉の国へのですか?』、とは訊けない。


 頷かれそうで怖いから。


 さっきとは違って、瞬間移動のような速度ではなくじりじりと間合いを詰めてくる黒衣の彼女から逃げようと、春輝は必死になってここを突破する方法を考えようと瞬時に辺りを見回すが、良案はちっとも出て来ない。


 いつの間にか壁際に追い込まれているし、さして狭くない部屋なのにどこを通ろうとしても途中でスパッとやられる展開しか想像出来ないし、刃物持ってるのににこにこ笑ってて、なのに目はちっとも笑ってないし、これはもう死ぬんだなぁって諦めに似た気持ちが浮かんで来て、悔いの残る人生だったと投げやりに笑って……


「……え?」


「……あ?」


 不意に、マーダー女の動きが止まった。


 彼女の驚いたような表情に、春輝も走馬灯を見るのを止めて何が起こったのかを確認する。


 黒衣の女性の匕首を持つその腕を、濃紫の布をローブのように纏った少女が止めていた。


 華奢な手で服の裾を掴んでいるのを見ると、簡単に振り払われそうな気がするけど、黒衣の彼女はそんな素振りもなく、何故だか目をパチパチと大きく瞬かせて、


「お、お嬢様?

 ……いえ、お優しいリーシャお嬢様このような行為を嫌われているのはこのハーティ十分に存じておりますが……ここで彼を仕留め証拠隠滅を図らなければっ、でなければお嬢様が……!」


「……」


「ああっ、私の心配をして下っているのですね!?

 有り難くも勿体ない……今、ハーティの胸の中では感激の大洪水が……え?

 気がかりはそれだけではないのですか?」


 一方的に捲し立てる黒服に、ローブの下は半裸という際どい服装の『リーシャお嬢様』と呼ばれる少女は小さく首を横に振るだけだ。


 なんかの会話が成立しているかのように、ポンポン話が進んでいく。


 そんな光景を、春輝はぺたりと座り込んだまま見上げていた。


 超危険人物の注意が逸れている今こそ逃亡するチャンス……なのは分かっているけど、どうにも体が動かない。


 腰が抜けたっていうのはこういうことなのかって具合で、足腰に力が入らない。


 ということで、今自分に出来ることは、たった一つ。


 よく分からないけど説得頑張って下さいお願いします……!


 祈るように応援することだけしか出来ないってのは『決勝で会おうぜ』とかぬかしておいて予選でボロ負け、後は応援席で適当な解説するしか役回りがないヘタレキャラ並みに恥ずかしいけど、実際、何もやれない。


 下手に口出しするとその瞬間に殺されそうな気もするし。


 春輝がドキドキしながら様子を窺っていると、二人は黙って見つめ合う形のまま、しばし膠着状態でいて……


 やがて、


「……分かりました、お嬢様」


 見つめ合う中で何かが通じたのか、黒衣の女性は意を決したように頷いた。


 カラン、と床に匕首を落とし、空いた手で無言を貫く少女の頰を軽く撫でると、彼女はうるうると瞳を潤ませて、


「寛容と慈愛の精神を以て、あのようなどこの雑草かも知れない御仁を受け入れるだなんて……とてもご立派ですお嬢様!

 苦汁の決断、このハーティ感服致しました……!」


「……」


「そんなに謙遜なさらないで下さいませ、ええもうとても素晴らしいご成長振りです!

 本国の旦那様も大旦那様も、きっと泣いてお喜びになられるはずです!」


「……」


「ええ、ええ、いいのですよ。

 最早反対は致しません。

 このハーティ、お嬢様の崇高なご意思を尊重致します。

 全面的に協力するのは当然のことでございます」


 片方は黙りで片方が一方的に喋ってなのにコミュニケーションは成立しているらしいという例のやり取りに、春輝は小さく息を吐いた。


 どうやら、死ななくても済んだっぽい。


 何がどうなってかはまるで不明、どうしてこうなったのかも意味不明だけど。


 それは凄く気になる……が、


「そ……それじゃ、俺はこの辺で……」


 ずるずると壁により掛かるようにして立ち上がって、春輝はこそこそっと部屋から出ようと移動する。


 好奇心に殺されたくないので、脱出優先、いのち大事にだ。


 抜き足差し足忍び足の……要領で、なるべく気配を感じさせないように、そうっと……


「どちらに行かれるつもりです?」


 踏み出した一歩目で、見事呼び止められた。


 春輝が固い動きで振り向けば、黒衣に身を包んだハーティは物騒な雰囲気を纏ったまま、主人のリーシャを隠すように彼女の前に立っていた。


 うん、相変わらず危険な状況のままなのか。


 とても目が怖いです。


 逆らう気が一切なくなるような眼光を浴びせたまま、ハーティは薄い唇を開く。


「確認ですが、貴方は五月末に編入して来られた従育科生で間違いありませんね?

 確か兵頭春輝という名の」


「……ああ、そうだよ。

 間違いない」


「それでは、春輝様。

 これから少し、私としては不本意極まりなくて思わず愚痴を溢してしまいそうなくらいに勿体の無い話をさせて頂きます」


「……はい?」


 大層な敬称で呼ばれたり訳の分からないことを一方的に言われたりして疑問と緊張で頭がぐちゃぐちゃになりながら、春輝はハーティの次の言葉に身を構えて、




「やむを得ないので、貴方にはリーシャお嬢様と結婚して頂きます!」




 超地弩級の爆弾発言に、完璧に凍り付いた。


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