六話・4
……そんなわけで、自分に非はないはず。
控えめに見ても無いはずだ。
けど、同じくらいこの手の事故で男側の言い分なんて信じてもらえないってことも理解していて、だからこそ混乱していた。
とりあえずこういう時はなんて言えばいいんだっけ?
『初めまして』か?
『ここで何してるんだ』、か?
それとも偶然とはいえ見てしまったことを謝るべきなのか?
もう思考がこんがらがって、彫像のようにピクリとも動かない飴色の肌の美少女ってもしかして幻覚なんじゃないかなー、なんて現実逃避気味な考えも出て来たりして……駄目だ、現実を直視しろ、って、直視した先にいるのが半裸の美少女だから困ってるんだっての!
いや嬉しい気持ちもあるけどな!?
ああもうどうにもならないと、逃げるか叫ぶか気絶したいと訴える自分の弱い部分の総意を無視して、春輝はカラカラになった口の中で言い訳の言葉を用意して、
「お嬢様っ?!」
「うおぁっ……!?」
悲鳴かと思うくらい甲高い声とほぼ同時、春輝は横手に突き飛ばされた。
何だと思う暇もない。
数歩たたらを踏んでバランスを取るのがやっとで、もう少しで無様にすっ転ぶところだった。
一ヶ月じゃ大した効果はないかもしれないけど、それでも鍛えているっていうのに。
どれだけ強い力で弾かれたんだ。
けど、おかげで硬直状態が解けた。
堰止め終了、ようやく思考がまともに動く。
何が起きたのかさっぱり分からないし、まずは状況確認と春輝は改めて部屋の中央へと目を向けた。
そこではさっきまでいなかった黒衣の女性が、足下にあった濃紫色の布を半裸少女の頭から覆い被せるようにして抱き締めていた。
「あああっ!
お嬢様っ、申し訳ありませんリーシャお嬢様っ!
ほんの四十二秒、替えの衣装を用意する為に往復で四十二秒必要という計算に安心して鍵を掛けずお嬢様をお一人にした挙げ句、このような不祥事を引き起こしてしまうだなんて!
本当に申し訳ありません!!」
……よく分からないけど、猛烈な勢いで謝っている。
迂闊に質問も発言も出来ない雰囲気なので半ば呆然と見ていると、騒いでいる彼女も肌が茶褐色で、やっぱりアラブ系の人なんだろうなー、と推測。
しかも梅雨に入って夏目前なのに黒一色の簡素な長袖のワンピースを着て、おまけに黒い手袋を嵌めてストッキングだかタイツだかも黒、靴も光沢を放つ黒。
靴底は大して厚くなさそうだから、そこそこ長身の部類に入るのかるしれない。
肩には届いていないくらいウェーブのかかった髪型の二十歳くらいの彼女は、慌てた横顔しか見れないけど、目鼻立ちがスッキリとした美人っぽい。
けど、それだけしか分からない。
いったい何なんだ、この二人は。
どうして脱いでたんだ、あの女は。
訊きたい。
色々と問い詰めたい。
あと弁解もさせて欲しい。
春輝はそう思って、口を開くチャンスを窺っていた。
そして不意に、黒衣の彼女がこちらへと振り向いた。
「安心して下さいませ、リーシャお嬢様。
ハーティは責任を持って対処致します」
……どういうことか、細い目にギラついた光を湛えて。
見るというか睨むというか、とりあえず決意の固さだけは十二分に伝わってくる勢いで、春輝は思わず身構える。
黒衣の女性は抱き寄せていた少女をそっと突き放し、一度彼女へと微笑みを向けた。
それから改めて、体ごとこちらを向く。
「不始末です、間違いなくこのハーティの不始末です。
貴方がどのような理由でこのドアを開きお嬢様の肌を見るに至ったかは存じませんがそうなってしまったのはこの私の不始末。
それは認めます、認めざるを得ませんもの。
しかしだからといって認めることが出来ないものは世の中に存在していて、あろうことか今正に断固として許容出来ない事態が起こりました。
この私の不始末のせいです」
「へ……?
いや、よく分からないけど目が怖……」
「本来ならばこのハーティ、銀の杯に毒を満たしそれを一滴残さず飲み干すことによって責任を取るべきです、そうしたいという思いは十分にあるのです。
しかし私がそれをしてしまってはお嬢様が独りになってしまいます、そんなことは絶対になりません、それこそ私の命程度では償えない償いようのない事態です……!」
「……あ、と……意味が……」
「ですが!
ですがですが、今ならまだ間に合います挽回できます!
儀を成す前、そのような関係と周囲に知れ渡る前である今ならば、お嬢様の身も魂も体裁も綺麗なままで済ますことが可能です。
ああっ、何と素晴らしい、これこそ偉大なるアッラーのご加護です!」
「…… 」
こっちの話聞く気ゼロかよ。
なんか陶酔するように目の辺りが和らいでるし。
けどもすぐに恐ろしく頑な目に戻ったので、春輝は意味が分からないまま確信する。
このままだと猛烈にヤバイ。
本能と、ラベールブロンシュに編入して以来磨かれまくっているトラブル対応アンテナが、もうビシバシと危険だって訴えている。
けど、何が、などと考えている暇は無かった。
上から下まで黒尽くめの彼女は、何故だか深々と一礼して、
「そういう訳ですので、本当に申し訳ないのですが……死んで下さいませ」
「……はぁ?
あんた、 何を、ぉぉおっ!?」
どうしようもなく意味不明なので問い質そうとした春輝は、無様に悲鳴をあげて後ろ向きに転がり込んだ。
受け身なんて取れなくて、床に頭をぶつけながらも一回転して座り込む。
「な、な、なっ……」
突然の動作とストレスに跳ねまくる心臟をわし掴むように胸に手をやり、さっきまで自分がいた辺りを凝視する。
そこには、困ったように頬に手をやる黒衣の彼女がいて、やっぱり困ったような目でこちらを見下ろしているけど、注目すべきは左手。
いつの間にか、刀身がギラリと輝く抜き身の刃が握られていた。
「避けないで下さいませ。
あまり時間が過ぎてしまうと誰かに見つかる可能性が……」
「見つかるとか見つからないとかじゃねえっ!
なんだその匕首は!
どこから出しやがったんだよおいっ?!」
「どこからだなんてそんな、恥ずかしいことを訊かないで下さいませ」
「恥ずかしい所からっ!?
って、違う、恥ずかしがる場面じゃねえ!
いつの間にんなもん握ってんだよおい!?」
「それは勿論 スパッといく為です。
スパスパリンと」
「いやだからなんで斬りかかってくるんだよっ!?
本気で死ぬぞ、それ!」
「ですから死んで下さいませ、と」
「本気で話通じねぇー?!」
春輝は思わず叫ぶ。
そりゃぁ絶叫したくもなる。
とんでもなく物騒なことを言いやがるのに、口調は落ち着いているしどこにも殺気なんてない。
なのに目はちっとも笑って無くて、何故だかちょっと焦っているようにも見える。
けど、焦っているのはこっちだって一緒だ。




