六話・3
倉木と一悶着起こしたり男友達と昼飯を食いながら取り留めのない話をしたりしたした、その二日後の昼前。
体操着姿の春輝は一人、シンと静かな第二校舎の廊下を歩いていた。
ちなみラベールブロンシュにはジャージが無くて、その代わりにオーダーメイドのウェアが支給されている。
球技やら競技やらをやる時はいちいち専用の服を発注しているというアホらしさだ。
ついさっき授業が終わったばかりだからか、まだ教師の姿も生徒の姿も見当たらない。
春輝だって四時間目の体育で怪我をしなかったら、今頃はグラウンドから更衣室へ向かう途中だったはずだ。
体育の授業は学年全体で行われる形で、総勢五人という少なすぎる男子は別グループで走ったり叫んだりしていることが多かった。
まあ、五人で出来る球技なんて少ないから仕方ないけど。
バスケなら一チーム出来るけど、対戦相手がいないし。
お嬢様相手じゃまともな試合にならないからどうしようもない。
キャーキャー言って逃げ回られるのがオチだ。
今日は珍しく球技だったから張り切ってみたものの、如何せんテニスなんてやったことがないから、それはもうボロボロな結果に終わった。
壬卦は経験者でそこそこ上手だったし、倉木は経験無いのにあっさりコツを掴んだし。
春輝は香取と二人、いいようにやられる側だった。
しかも上育科のナルシスト馬鹿がやたら上手くて、ただ上手いだけならいいけど打つ度に一々「フッ」とか「ハハハ、これてフィニッシュといこう!」とか言ってうざすぎて、ついムキになって……
結果、頑張りすぎて転んで、膝と肘を擦り剥いたので保健室に行く羽目になってしまった。
「くっそ、大吉のヤツ……いつかあの鼻っ柱を叩き折ってやる……」
なんだかいつまでもヤツの高笑いが頭の中に響くような感じがするので、追い払うように呟いて、辿り着いた男子更衣室のドアを、
「……ん?」
ドアノブを握る直前、春輝は手を止めて辺りを見回した。
何か、物音がしたような……?
更衣室の中からじゃなくて、隣の女子更衣室でもない。
そのさらに向こう、廊下の角を曲がった先から、微かな音が聞こえてきたと……、思う。
しかも足音まで聞こえた気がするから、単なる気のせいってことじゃないはずだ。
尤も、ここは学校なんだから物音もすれば人も歩いているのが当たり前だけど……静かだった廊下に数秒と満たない僅かな間だけ響くなんて、ちょっと気になる。
何だろうかと小首を傾げ、春輝は音のした方へと向かってみた。
女子更衣室の前を通り過ぎて角を曲がってみると、
「……誰もいない、か」
普通自動車だって悠々走れる幅の廊下には、花瓶が置いてあったり絵が飾ってあったりはするものの、誰もいない。
当然、出しゃばらない程度のサイズのシャンデリアに誰かがぶら下がっていることも無し。
そう遠くない所から音がしたはずだから、何かあるとすれば、角を曲がってすぐにある部屋なんだろう。
けど、近付いてみても物音はしない。
ドアの上にあるプレートに名称は書かれてないし、何の部屋かも分からない。
春輝は眉を顰め、少し考えてみてとりあえず、ドアノブへと手を伸ばした。
使われていない部屋なら鍵が掛かっているはずだし、その時は空耳だったってことで済ませればいいだけだ。
そう思ってドアノブを捻ると大した抵抗もなく、ノブは回った。
しかもそれに反応したかのように、中から物音が聞こえてきた。
もしかして、という想像に、春輝はノブを握ったまま固まる。
一昨日、香取と壬卦は言っていた。
ラベールブロンシュには自分が思っていた以上に住む世界が違う生徒がいる。
理由は『ここなら大丈夫』という安心感らしいが……
本当にそうか?
安全なのか?
現に盗撮騒ぎなんてのもあった。
あれは例外ということで、以降警備態勢や出入りの調査は厳しくなったらしいが……一度あったことは二度あるっていうし、万が一っていうのは起こりうる。
もし、不審者が侵入していたとしたら……
硬直していたのは、たぶん数秒。
それが解けると共に春輝は不安と疑惑に引き金を引かれ、弾かれたようにドアを開けて中へと突入し……
待ち受けていたのは半裸の美少女というとんでもない光景に、見事に凍り付いた。




