六話・1
扉を開けると、そこに半裸で立ち尽くす美少女がいた。
下着以外何も身に付けていない彼女は茶色がかった瞳を、まあびっくりって感じで見開いていて、小麦色の肌は数メートルの距離があるここからでも滑らかでとても綺麗だと分かるし、触れたら折れてしまうんじゃないかと思うくらいに手足は細くて、つまり、美少女。
一言で言うと美少女、言葉を増やせば可憐で神秘的な美少女だ。
彼女の足下でふわりと空気を孕みながら潰れた濃紫色の布は、驚いて落としてしまったものかもしれなかった。
そして部屋に飛び込んで美少女とご対面した春輝はというと、やっぱり驚いて、硬直していた。
だって、ただの空き教室だったはずの部屋を開けたら、見たことの無い綺麗な女の子が下着だけしか身に着けていない姿でいるって、おかしい。
絶対おかしい。
驚きとうっかり見惚れてしまったせいで、反射的に逃げ出すタイミングはもうさようならした後だ。
しかもバッチリ目があっていて、下手なジョークをかまして煙に巻くのも無理っぽい。
良からぬ事なんて、これっぽっちも考えていなかったってのに。
むしろ学院の平和を思っての行動だったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。
思えば、二日前。
あの日の朝に学んだはずの教訓を活かせなかったのが原因なのかもしれない。
そんなことを思いながら、春輝は異国の雰囲気を纏う美少女と、緊迫感の中でのにらめっこ状態から抜け出せずにいた。
兵頭春輝が私立ラベールブロンシュ学院高等部の一年従育科に編入してからだいぶ経ち、そろそろ寝起きに筋肉痛で悩まされることも無くなってきた。
どこに何の建物があるかも大体は分かるようになったし、クラスメイトの名前もそれなりに覚えた。
廊下でバッタリ見知らぬ女生徒と出会して、目が合うだけで問答無用に気絶されるということも……まあ、うん、減った。
だから油断していた、というのが、原因なんだろう。
起床は早く、朝の六時前。
寮の食堂が開くのは七時で、大体は七時半頃から朝食を摂ることにしているからまだまだ時間はある。
眠い目を擦って声を出さずに欠伸をして、軽く伸びをしながら春輝はのっそりとベッドから降りた。
トイレ……には行くけど、本命はそれじゃない。
洗顔と用足しを済ませて、寝間着姿から上下黒のウェアへと着替えて靴下を穿き、タオルを首からかけてよし、完璧。
一応、姿見の前でおかしなところはないかチェックもしておく。
ちょっと寝癖で髪が跳ねているけど、まあ問題なし。
春輝はこれから、日課のランニングへと赴くつもりだつた。
体力には自信があるつもりだったけど、ここに来てその自己評価は間違いなのかもしれないと思うくらい自信喪失していた。
なにせ先日、男女交えての『サバイバル式基礎運動能力測定マラソン』などというとち狂った題目の山を走破する授業があったものの、見事にブービー賞だったからだ。
あれは正直へコんだ。
ビリは鳳凰寺だったけど、それは体力面に間題があったからじゃなくて、山で迷子になったからだ。
日が暮れて救助ヘリに発見された鳳凰寺はボロボロで泣きまくってはいたけど元気そうだったので、たぶんまともに完走していたら結果は変わっていたはず。
ということで、今週は体力強化週間に決定。
女子にも負ける貧弱ボディをどうにかすべく、眠気を堪えて頑張るのだ。
「……ん、なんだ?……」
襟元を気にしつつ出かけようとしたところで、春輝はいつもと何かが違うことに気が付いた。
大したことは無いような、それでも確実にあると言い切れる違和感。
春輝は眉を染めて違和感の原因を探り……すぐに分かった。
いつもなら起きた時、既に隣のベッドは空になっている。
なのに今日は、ベッドを囲うカーテンがひかれたままだった。
珍しいこともあるもんだな、と思った。
早起きの倉木がまだ寝ているとは。
まあ、自分がいつもより早く起きたっていうのも原因なんだろうけど、それにしても珍しい。
うっかり五時頃に目が覚めた時ですらベッドの中はもぬけのから、ということがあったくらいなのに。
だから春輝はつい、好奇心がそうさせたというか魔が差したというか、とにかく何も考えずにカーテンを引いて、
「……お」
「……ぁ?」
半目になって上半身を起こそうとしている倉木と、目があった。
いつものビシッと決まった倉木とは違って隙だらけで、ちょっと寝癖はついているし目はとろんとしているし、中性的な顔がどことなくぬいぐるみっぽい愛嬌のある風貌になっていた。
寝起きの倉木ってこんな感じなのか。
新発見だ。
……というか、一ヶ月以上同室で暮らしてるのに、寝間着姿を見るの初めてだよ。
あれはなんだ、作務衣か?
まあ、とりあえず寝惚けた様子の倉木へと片手を上げて、
「おう、おはよ。
起こしちまって悪い……っぅお?!」
軽く謝罪の言葉を口にしていた、その時。
急速に双眸を険しいものへと変えた倉木が、枕元にあった本を投げつけてきた。
ただの雑誌が恐るべき速度で顔面にぶち当たり、春輝は思わず仰け反って尻餅をついた。
痛む鼻を押さえて目を瞬かせていると、摇れながら閉じたカーテンの向こうから、
「ひ、人の許可を取らずに勝手に開けるな!
プライバシーというものを知らないのか!?」
「え、お、あ?
わ、悪い……けど、男同士なんだから、そこまで……」
「問答無用だ!」
怒鳴り声が飛んできて、春輝はそれ以上言葉を返すこともその場に留まることも出来ず、慌てて部屋から飛び出した。




