番外編・12
シャワーを浴びるのだから当然だけど、裸を見られれば、間違いなく、女だとバレてしまう。
どちらかというと純粋に裸を見られる恥ずかしさの方が強くあるけど、重要性は前者が上だ。
男子として通っていたのに女だと露見したら、退学になるかもしれない。
それは絶対に避けたい。
ああでも、裸……生まれたままの姿を見られるなんて、そんなどうせ見られるなら鳳凰寺くらい立派に育った体ならまだ良かったのに。
同い年の同じ日本人とは思えないはち切れんばかりに育った胸や意外に細いウェスト、そんなに太いわけでもないのにむちっとした太腿に兵頭の視線が釘付けになっているのは知っている。
やっぱりあいつも男だから、好みはああいう女らしい体型なんだろうなって、何でこんなにあいつのことばかり気にしているんだ。
これじゃあまるで兵頭のことを好いて……まさかそんな、あり得ない、いや別に悪い男じゃないしどちらかといえば気のいい奴だけどそんなことは関係なくて、ただ今はそんな色事に割くような余裕はないというか……待てよ、それだと余裕さえあれば考慮するみたいな受け取り方も出来て……
まとまらない思考に、皐月はダンッと拳で壁を打ちつけた。
「くっ……何もかも、兵頭が悪い……!」
勝手すぎる責任転嫁だとは思いつつも、そう言わずにはいられない。
女心は複雑なのだ。
けど、嘆いていても始まらない。
対策を練って、どうにかしないと。
皐月はコックを捻って湯の温度を下げて、ついでに頭も冷やす。
結局は、裸を見られたらアウト、ということだ。
なら逆説的に考えれば、そこをどうにかすればいい。
「……ドアを開けて、兵頭が振り返る前に気絶させる……これだ!」
更衣室とシャワー室を繋ぐドアから、普段兵頭が使うロッカーまでは五メートル弱の距離がある。
この程度なら一足飛びでゼロに出来るし、浅く開いたドアから石鹸を投げて気絶させるという手もある。
怖いのは、失敗の可能性だ。
後ろを向いている時でないと決行は難しくて、おまけに兵頭はケンカ慣れしているからか面倒事に巻き込まれやすい経験からか、ここぞという時に勘が鋭い。
最速の一撃をかわされるとまでは思わないけど、当たり所をずらされる可能性は十分にある。
けど、他の方法を考えつかないのも事実だ。
こうして迷っている問にも、いつ状況が悪化するとも分からない。
やるしかない。
覚悟を決めた皐月はシャワーを止めて、深呼吸。
神頼みはあまり好きじゃないので、ご先祖様に成功を祈願する。
不出来な子孫にどうかご加護を、と祈りを……
「なあ、倉木」
「っ?!」
祈り終えた、その直後。
兵頭の呼ぶ声と共に、ドアが開く音が聞こえてきた。
少し遅れて、ピチャリという水気を孕んだ足音。
これはつまりどういうことか、皐月には容易に想像が出来た。
咄嗟に身を隠そうとするが、体を洗うのに使ったスポンジ以外何もない。
バクバクと未だかつて無い程に高鳴る心臓を抑えるように手を当てながら、皐月は入り口側に背を向ける形で硬直した。
祈りを捧げた直後にこれか。
くそう、ご先祖様め。
涅槃で会ったら覚えていろよ、と泣きたい気分で恨みながら、皐月は水滴を落とすシャワーノズルを睨みつけるようにして口を開く。
「な、何だ。
用があるなら手短に、無いなら早く出て行け」
「ああ、お前がタオル持って入らなかったみたいだからな。
渡そうと思ってよ」
至って普段通りの口調の兵頭に、皐月は少なからずホッとした。
良かった、バレてはいないみたいだ。
兵頭は単純というか感情が表に出やすい奴だから、そうと悟っていたら声に出るはずだ。
それがないなら、大丈夫ということだろう。
というか、よく考えてみたら仕切り板があるんだ。
目隠しも兼ねているから、向こうからは顔とか足は見えても、胴体は見えないはずだ。
裸というだけで普段から晒している部分でも見られると恥ずかしいが、見られたくない部分を見られるよりはよっぽどマシだ。
少し、落ち着いた。
そして冷静になってみれば、シャワーを止めているのに後ろ向きのままというのはかなり不自然だと気付く。
「わざわざ済まない。
感謝する」
なので皐月は、礼の言葉と共に振り返り……
仕切り板の上に腕を乗せてこちらを見ている兵頭春輝と、目が合った。
今度こそ皐月は完全に硬直する。
だって、仕切り板は目隠しを兼ねていて、それがあるから見えたら困る部分が見られないで済むんだ。
なのにその板の上から見ているってことは、つまり板の機能が半分は意味無くなっているということで、こっちは裸で、振り向く途中で、下半身までは見えていないだろうけどでも角度的に、胸は、サラシも何も巻いていない無防備な胸はっ……
ぐるぐると皐月の思考が混濁する中、視界に映る兵頭は、
「ほら、これ。
試食の順番が早く回って来たら困るから俺は一足先に出るけど、お前もなるべく早くな」
……何の動揺も驚きも無く、手に持っていたバスタオルを投げて寄越した。
そしてそのまま、何のリアクションもないまま、シャワー室から出て行った。
五秒、十秒、一分と時間が経過するも、何も起こらない。
「……え?」
硬直した姿勢のまま、兵頭の投げたバスタオルを頭から被った状態で、薰はようやくで疑問の声をあげることが出来た。
……今、完璧に胸を見られた。
間違いない。
手で隠すことさえ忘れていたんだから、もう確実に見られたはずだ。
なのにあの反応はどういうことだ?
バスタオルを手に取り、皐月はまじまじと自分の体を見つめ……
そして、その結論に至った。
「あいつ、まさか……胸を見ても尚、僕が女だって気付かなかったのか……?」
愕然と呟いて、皐月は自分の胸を見下ろした
悲しいくらい、ほぼ真っ平らだった。
『女だって、バレずに済んだんだから、まっ、いっかー』
と気楽に思えれば良かったのだろうけど、残念ながら自分にそこまで柔軟なポジティヴさは備わっていなかった。
失意のまま皐月はシャワー室を出て、のろのろと着替えをする。
この時程、自分の胸にサラシを巻くのが虚しく感じられたことはなかった。
結局、試験の方は最後の最後でまたも鳳凰寺が大ゴケして、料理を審査員にぶちまけるというとんでもな結末を迎えた。
審査役だった上育科の二人、藤條朱音とオレリア・紫苑・グランヴィルの両名に責任を取らされて嬲られる兵頭春輝を、皐月はほんの少しも救う気にはなれなかった。
ざまあみろ、女の敵め。




