番外編・11
自分のやっていることが微妙に間違っていると気付いても、へコんでなんていられない。
皐月は魚をさばいてデザートを作ってと、宣言通り三人分以上の働きをこなしてみせた。
まあ、ちょっぴり落ち込んではいたけど、兵頭と並んで料理をしているうちに立ち直ることが出来た。
料理の方は、それなりに良く出来た。
自画自賛になるけど、味の方も自信がある。
兵頭もそれなりに料理は出来るということが味付けをする手際で分かったのも収穫だ。
そう、料理は良く出来た。
問題は、試験終了間際。
戻って来た鳳凰寺に、兵頭が温情で不必要なホイップクリーム作りを命じたことが、引き金になった。
自分も鳳凰寺を甘く見ていた。
けど、まさか生クリームを掻き交ぜるという単純作業すら失敗するだなんて、そんなの予測出来る方がおかしいと思う。
まあ、そんな予測が出来る出来ないは、もうどうでもいい。
後の祭りだ。
起こってしまってからじゃ、何の意味もない。
重要なのは、結果として三人共生クリーム塗れになってしまったこと。
そして、兵頭に半ば強引にシャワー室に連れ込まれてしまったことだ。
「……どうしよう」
小さく口の中で呟いてみるけど、どうしようもなかった。
状況は、かなり悪い。
こんな、今すぐ消え去りたい気分を延々と味わうことになるのなら、シャワーなんて浴びようと思わなければ良かった。
更衣室とシャワー室は繋がっているから、生クリームで汚れた服を着替えるためにそこへ行くのは当たり前だった。
上育科と従育科、合わせても男子生徒は五人しかいない。
だから更衣室に個々の予備制服が置いてある。
けど、兵頭の前で服を脱ぐことは出来ない。
ルームメイトとはいえ、今まで上手く見られずに済んできたのに、ここで自分から晒してどうするっていうんだ。
だから皐月は、とりあえず兵頭が着替え終わるのを待つつもりだった。
……まさか、兵頭が服を脱いで、シャワーを浴びるなんて。
兵頭の裸に慌ててしまい、冷静に、ポーカーフェイスだ、と心の中で唱え続けてみても効果は薄くて、だからつい、不意にかけられた言葉に二つ返事で返してしまったのだ。
『時間ないけど、髪と体洗うくらいは出来るだろ。
さっさと洗っちまおう』
『そ、そうだな』
言うが早いか、兵頭はシャワー室へと消えて行った。
更衣室に残された皐月は、少しだけ冷静さを取り戻した。
シャワーなんて、そんな危険なこと出来るわけがない。
服を着替えるだけで十分だ。
むしろそれだけでも危ないくらいなんだ。
けど、生クリームがかかってしまった髪は、肌は、確かにベトついている。
正直、気持ち悪い。
洗い流してしまいたい。
気配を探れば、幸いにも兵頭は奥の方のシャワーを使っている。
つまり、入り口付近のシャワーを使えば、見られることもない。
兵頭より早くシャワーを済ませて、体を拭いて、服を着る。
かなり難度が高いミッションだ。
精神的な面でも問題は多い。
仕切り板があるとはいえ、隠れていない顔と足は丸見えだ。
下手をすれば、角度次第では、もっと見えてしまうかもしれない。
そう思うだけで、隠れる場所さえないシャワー室で全裸になることに強い抵抗が生まれた。
迷っている時間も無いという追い詰められた状況で、今でこそ思うけど、追い詰められていなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
あんな決断はしなかったはずだ。
即行でシャワーを済ませて着替えれば、バレない。
そして今、決断してしまつた自分を責めまくる羽目になっている。
ステンレス製のドアを開け、入ってすぐ右側の区画に滑り込んだ。
そこまでは良かった。
ただ、かなり重要な問題をすっかり失念していた。
「……うぅっ……」
ちら、と横を見れば、一番奥でシャワーを浴びている兵頭の姿が目に入り、皐月は慌てて視線を逸らして俯いた。
頭上から降り注ぐシャワーを滝に見立てて、落ち着け落ち着けと懸命に自分へと言い聞かせる。
大丈夫、こっちの体は見えていない。
兵頭の体だって、肩から上くらいしか見えていないんだから、そこまで大した画じゃないはずだ。
水着姿よりよっぽど露出は少ないじゃないか、あんなのただ顔が見えるだけじゃないか。
そう思い込もうとして駄目だ、と皐月はさらに項垂れた。
こっちも裸、向こうも裸というこの環境はとんでもなく居心地が悪い。
今までこのシャワー室を使った事がなかったから、まるで予測していなかった。
向こうから顔を見られているかも、と思うだけで心臓の鼓動は跳ね上がるし、洗うポイントを変えたのかシャワーの音が微妙に変化するだけでドギマギしてしまうし、たまに『あー……』とか『さっさとやらないなー』とか声がするだけで、何故か覗かれて全身を見られてしまったような気分になる。
……気のせいだ、とは分かっている。
なのにどうしようもなく動揺してしまい、皐月は何度も体を洗う途中でスポンジを落としてしまった。
それを拾うのがまた一苦労だ。
膝下も向こうから見えてしまうので、屈むときに見られてしまうんじゃないかと気になって仕方がない。
同じタイミングで兵頭も屈んでいないと見られることはない、と理解している。
そんなことはそうそう無い。
……無いと分かっているのに躊躇ってしまい、兵頭の様子を窺っては動悸を速めつつタイミングを見計らい、やっとの思いで拾う……という、とてつもなく心臓に悪い作業をする羽目になった。
そうこうしている内に時間が食われ、焦りは増す。
急げばミスも増えて、スポンジをまた落としてしまい、泣きそうになりながらそれを拾って、
タイムアップを告げる、コックを捻る音が聞こえてしまった。
キュ、キュッという音と共に、水音が静まった。
代わりに皐月の心臓が高鳴りまくった。
死にたくなるくらいの不安が胸に渦巻く中、ペタペタという足音が近付いて来て、
「先に上がる。
倉木も急いでくれよー」
呑気な声を掛けた兵頭がシャワー室から出て行く気配を背後で捉え……
皐月はそのまま膝から崩れ落ちた。
「……間に合わなかった……」
最悪だ、と頭を抱えて丸くなる。
まさか、こっちが体を洗い終わる前に、全行程を済ませてしまうだなんて。
不測の事態だ。
いくら何でも洗うのが早すぎる。
父や祖父は長風呂が好きだったから油断していたというのもあるけど、五分少々で全部終わらせるだなんて。
本当にちゃんと洗ったのか疑わしい。
不幸中の幸いで、シャワー室は個々のスペースを区切る仕切り板があるので、通りすがりの兵頭からは肩から上と膝から下しか見えなかったはずだけど、文句の一つや二つは言いたくなる。
もっとちゃんと体を洗え。
違う、問題はそんなことじゃなくて、
「このままだと、出られない……」
今、見事に何も身に着けていない。




