一話・9
事情聴取の場として案内がてら朱音に連れて来られたのは、本校舎に隣接する食堂だった。
食堂、と聞いて安っぽく飾り気の無いイメージを抱いていた春輝は、改めて今いる場所がラベールブロンシュの敷地内だということを思い知った。
三階分くらいの高さまでありそうな天井からは絢爛と輝くシャンデリアがいくつも吊るされていて、軽く五十以上はありそうなテーブルも一目で量販品ではないと分かる洗練された美しさがある。
大型で高品質のスピーカーからはクラシカルな音楽が流れていて……ここは、どこの高級レストランか。
広々としたスペースはいくつかのブロックに分かれているらしく、モダンな雰囲気の一帯もあればガラステーブルを使って透明感を演出している一帯もある。
隅の方には薄らと向こうが透けて見える幕まであるけど、その奧がどうなっているのかは不明。
ちなみにテーブルにはメニューが乗っていて、手に取って見ればどこにも『○〇定食』などとは書かれていない。
パスタとパンとサラダだけで三ページくらい占めている。
和食や中華もあるが、春輝の食べ慣れた物は殆ど載っていなかった。
「ここ、カレーとかあんのか?」
「四種類くらいあるかな。
日本風のもちゃんとあるから、安心なさいな」
安心しろと言われても、春輝は黙り込むしかない。
日本風以外のカレーがピンと来ない身としては、四種類と言われてどう反応すればいいんだか。
まあ一応、カレーはインド発だけど、インドカリーと日本で広まっているカレーではまるで別物だということくらいは知っている。
具体的に何がどう違うのかを聞かれると、ちょっと困るけど。
それにしても、
「こんなにメニューが多かったら作る人が大変じゃないのか?
つーかバラバラなもの注文されたら確実に無理だろ」
「そうね。
だから手間がかかるメニューは曜日限定。
ちゃんと書いてあるでしょ?」
「ああ、メニューの後に『水』とか『火、木』とかあるのは、それか」
一応納得はした。
けど、気を配るべきはそんなことじゃなくてメニューの簡略化だと思う。
まあ、きっと庶民には分からない感覚がここでの標準なんだろうから、触れないでおくけど。
異端である自分が慣れるしかないんだろうし。
やれやれだなー、と軽く頭を振った後、春輝はメニューをテーブルの隅に戻し、少し気になることを口に出した。
「それより、どうして値段が書いてないんだ?」
「食堂は原則として無料で活用出来るからよ」
「マジか」
一瞬、脳裏には配給制とか炊き出しという単語が浮かび……いやそれは確実に違う。
ショックのあまり関連がありそうでまるで無いことが連想されて、しかし心の中で自分へ突っ込みを入れたことで少しだけ落ち着けた。
まだ残っている動揺を抑えるべくちらりと周囲を見れば、広い空間に十人足らずの女生徒がいて、私服で飲み物を堪能していた。
食堂は正午から午後六時まで開放されているらしく、放課後や休日にはこうしてお茶をしに来る生徒も少なくないらしい。
「他にも一つカフェテリアがあるから、そっちを利用する生徒も少なくないかな」
「それは分かったが……あれは?」
小声で尋ねながら親指で指したのは、トレイにティーセットを載せた、一人の女生徒。
朱音はちらりとそちらを見て、即答した。
「従育科の生徒よ。
土日は事前申告すれば、ああやって訓練がてら給士役をやれるのね。
人数が足りない畤は、本職のウエイトレスさんの出番になるんだけど、今日は従育科の子だけみたい」
「……いや、それより……なんであんな服着てんだ?」
春輝の知識が正しいのなら、あれは巷でメイド服と呼ばれている服のはずだ。
長袖・丈長で濃紺という地味な服の上に白いエプロンを着ていて、頭には白いヘッドセツト。
小さい頃、何かのアニメで同じような服を着た召使いを見た記憶があるが、生徒が着るようなもんじゃないはずだ。
しかし朱音は平然と言う。
「だってあれ、従育科女子制服だもの。
春輝、知らなかったの?」
「……マジか?」
「ちなみに男は礼服ね。
タキシードか燕尾服か、それともモーニングコートだったかな?
とりあえず、もうすぐ六月だから衣替えはあるのかな?
上育科はあるけど」
「……マジか」
もう一度、視線をメイド服の生徒に移す。
甲斐甲斐しく紅茶を注いでいる彼女を見ながら、春輝の頭の中はぐるぐると迷走する。
あんな、コスプレを生徒がする。
自分もする。
タキシードって。
どこの舞踏会だ。
いつの時代だ。
どんな世界だ。
頭を抱えたくなる衝動に抵抗し、しかし抵抗しきれずがっくりと項垂れた。
「春輝って、そんなことも知らないで編入したの?
従育科が何を学ぶところか、ちゃんと理解しているんでしょうね?」
「それくらいは、してる」
混乱しながらもちゃんと答え、やれやれとため息を吐いた。
従育科の生徒が学ぶことくらい、ちゃんと知っているつもりだ。
噛み砕いて言えば執事やメイドを育てるところで、あの女生徒が給仕役として働いているのもカリキュラムの一環だということも分かっている。
一応、だけど。
「……テレビで見た時は、あんな恰好してなかったっつーの……」
「え?
ちゃんと流れていたはずだけど?」
「俺が見たのは後半途中からなんだよ……」
力なく言って、春輝は頭をもたげた。
「たまたま寮の娛楽室にテレビに人だかりが出来ているのを見かけて、あの深閑っつー教師だか教官だかが話をしているのを聞いて……」
「それだけで従育科に入ろうと思ったの?
てっきり元女子校で、お金持ちの女の子やメイドさんに囲まれて過ごしたいからだとばかり」
「……んなわけねぇだろ」
手短に否と答えて、春輝は朱音を睨む。
そんな不純な動機でわざわざ編入するような奴だと思われるのは流石に心外だ。
女っ気は少ないより多少あった方がいいけども、度を越えているとうんざりするだけだし。
睨んでみたところで朱音は怖じけることなく、むしろその反応がなっていないと言わんばかりに首を横に振った。




