番外編・1
名門と誉れ高き私立ラベールブロンシュ学院の高等部。
その第二校舎にある理事長室。
そこには当然理事長が居て、傍らには理事長の側近でありお目付役であり、学院の教師としては従育科の主任を務める藍色のメイド服を着た女性がいた。
昼休みも半ばを過ぎて、昼食は二人共とっくに摂り終えていた。
窓からは穏やかな陽光が差し込んでいて、それがどでんと迫力のあるマホガニーの机を明るく照らしている。
ついでに、机の上にべったりと上半身を寝かせている理事長の真宮院都の、昼寝中の猫だってそこまでは油断してないよと言いたくなるくらい緩みきった顔も照らしていた。
「うー、秋ですねえ。
平和ですねえ……」
「理事長、暇ならこちらの仕事に着手して下さい」
そう言ったのは、ごろごろしている都の傍らで山のように積まれた書類を鬼のような速度で処理している深閑だった。
高く一山に積まれた書類を、上から手に取ってはいくつかの山に分けて、必要なものにはさらさらと走り書きを入れる。
休む間もなく次から次へ、ぺースは早くも遅くもならない。
そんな機械じみた作業を横目で見やって、都は机の上に突っ伏したまま唇を尖らせた。
「今は昼休みですから休みますよー。
食べたばかりで働くなんて、消化に悪いですから。
……ああでも、少し胃の辺りが物足りないような……深閑ちゃん、甘栗剝いてくれない?」
「あげません」
「むう、ケチなんだから。
栗……栗はいいものなのに。
栗ご飯は美味しいよねー。
でも松茸ご飯も美味しいなぁ。
戻り鰹はタタキで食べてー、柿は熟れ熟れなのを頂いて……ああでも梨のリキュールっていうのも……ぶどう……ワイン……」
しばしの間ぶつぶつと呟いた都は「はふー」と深く息を吐いて、
「やっぱり秋は食べ物、ですよねー。
芸術もスポーツもいいけど、食べ物が一番お酒と合うんだから。
美味しい秋の味覚と、美味しいお酒のコンビネーション……」
ぼけー、と蕩けるような目で中空を見つめて……
不意に都は弾かれたように机上から体を起こし、夢を語る子供のように瞳を煌めかせた。
「ねえ深閑ちゃん深閑ちゃんっ、私ってばナイスアイデアを思いついちゃったの!」
「何ですか、理事長」
書類を処理する手は止めず、まるで表情は動かさずに返事をした深閑に、都は満面の笑みを向けて、言った。
得意気な提案を聞いた深閑はようやく作業を止めて、都の顔を見た。
表情は殆ど変わっていなかったものの、理知的な目には若干の呆れが広がっていた。
「ということで、従育科生徒は本日の授業は中止です。
先の宣告通り、これより抜き打ち試験を行います」
そう説明されて、教室に集められた従育科の生徒達は流石に誰もが唖然とした表情になっていた。
タキシードにモーニングコート、メイド服といった高校生らしからぬ制服に身を包んだ従育科、『従者育成科』の生徙達は、互いに顔を見合わせたり首を傾げたりしている。
突拍子のない様々なことをやらせてきたものの、ここまで突然にスケジュールが変わることは今までになかったから、状況について来られていない。
「課題は旬の食材を使ったコース料理です。
和洋中、エスニックに民族料理、ジャンルは問いません。
制限時間は九十分、事前のミーティング時間が十五分です」
だからこそ深閑は口早に説明をする。
一々質問をされてそれに応えていたら切りがないので、付け入る隙を与えずに強引に事を運んだ方が手っ取り早い。
「分量は一人前。
ですが審査員は協力を仰ぐ上育科の生徒を含めた三名ですので、取り分けられるものが好ましいでしょう。
そして審査の関係上、料理は別室で一揃え完成したものを運ぶ形とします。
冷めては味が台無しになる品を選ぶ場合は創意工夫を凝らすように。
いいですか、この試験は技量を見る目的も当然含まれています。
ですがそれよりも共同作業を通じてチームワーク、コミュニケーションの重要性を知りそして何より、想定した主人にその時期にしか食べることの出来ない旬の食材を味わって頂くという大切な儀を孕んでいるのです。
皆さん、それを胸に留めておくようにして下さい」
そこまで話し、ざっと生徒達の表情を窺ってみる。
まだ何か言いたそうな生徒も数人いるが、空気に吞まれて声を出せそうにない。
その結果に満足し、深閑は締めに掛かった。
「では、こちらで班分けは済ませておきましたので、各自掲示板にて自分の組み込まれた班を確認後、指定された教室へ向かって下さい。
私からは以上です」
「あっ、私から補足ですけど、料理はお酒に合うものにしてくださいね?
ちなみに私、ハブ酒からロマネ・コンティまで何でもいける口なので、その辺りはご心配なくー」
脳天気な理事長の言葉に生徒達は納得がいかないような表情で、しかし余計な発言はせずにいそいそと教室を出て掲示板を確認しに行く。
手を振って彼等を見送る都を横目に、深閑はこっそりとため息を吐いた。
昼休みに理事長が思いつきで企画したこの試験だが、内容自体は別に悪いものではない。
ただ、たったの一時間弱という短すぎる時間で試験を行えるように空き教室に調理場をセッティングして、同時に食材を搔き集めるのに、どれだけの経費が掛かったか。
都内にちょっとした豪邸を買えるくらいの額になったはずだ。
せめて翌日以降なら良かったのに。
これはもう理事長の我が儘なので、学院ではなく真宮院家の資産から出すことにしようと決めた。
隣では相変わらずわくわく顔の都が、何も知らずに鼻歌混じりの上機嫌で、
「ふふっ、楽しみですねー。
生徒さんの手作りっていうだけでも嬉しいのに、秋の味覚パワーも加わるだなんて。
これはお酒が進んじゃうかなー?
秘蔵のウィスキーでも出してしまいましょうかねー?」
「……言っておきますが、理事長」
「なぁに、深閑ちゃん?」
「アルコールに合う料理、という要望は許可しましたが、就業時間中のアルコール摂取まで認めたつもりはありません」
何を言われたのか初めは理解していなかったゆるゆるの笑顔が、徐々に色褪せて、最後には絶望に染まるのをじっくりと観察して、深閑は冷徹に言い放った。
「ですから、食事中は飲酒厳禁です。
アルコール以外であれば紅茶、健康飲料、ドクターペッパーでもルートビアでも、何を飲まれても構いません。
どうぞご自由に」
「そっ……そんなぁー!?」
ガン告知でもされたかのように真っ青になって悲鳴を上げる都を見て深閑はほんの少しだけ、口角を上げた。
ほんのり、気が晴れた。




