番外編・2
「……んで、何なんだよこの班は」
掲示にあった調理場へ来て、開口一番に春輝はぼやいてみた。
昨日の掃除で入った時には確かに空き教室だったはずなのに、たった一日で見事な厨房へと変身を遂げた部屋の中には、もう他の面子も揃っている。
ご丁寧なことにドアの前に班員の名前が書かれていたし、調理台の上にある紙にも全く同じ記載がされていて、『F班 鳳凰寺早苗・倉木皐月・兵頭春輝』とあるんだから間違いない。
メイド服を着たスタイル抜群の曖昧美人の鳳凰寺と、小柄な体躯にモーニングコートを纏った中性的な美少年の倉木と、茶髪で右耳に安全ピンを三縦で付けたヤンキー風の自分。
どーにも纏まりの悪い組み合わせになったもんだ。
そして組み合わせというなら
「どうして五人の班と四人の班がある中で、俺らだけが三人構成なんだよ。
何の贔屓だ、これは」
「皆の調理技能が未知数だから、これまでの実績から平均値になるように班を割り振ったんだと思う」
澄ました顔で意見を言うのは倉木で、ちっとも不利を感じていないみたいだった。
それどころか不敵な笑みまで浮かべて、
「僕がいるから他の班より人数が少ないんだろうな。
期待に沿って、僕が三人分以上の働きをすればいいだけのことだ」
「けどよー、五人の班を五つ作れば丸く収まるってのに、なんでこんなアクロバティックな編成を……」
やっぱり春輝には納得がいかない。
つい愚痴が出てしまうし、やる気もあんまり上がらない。
ただでさえ突発的で、どうテンション上げればいいのか困るっつーのに。
どうやら倉木にはそんな態度が気に召さないようで、不満そうに唇を尖らせて下から睨むようにこっちを見上げて、
「兵頭は、僕と同じ班が嫌なのか?」
「いや、そーいう訳じゃないけど。
むしろお前と一緒なのは心強いし」
機嫌を取ろうとか言い繕うつもりとかじゃなく、本心から春輝はそう思っている。
従育科でトップを独走する優秀な生徒だし、ルームメイトでそこそこ気心も知れているし、不満があるって言い方がおかしいはずだ。
性根は素直なヤツだから、今もちょっとはにかむように口元を綻ばせて、
「そ、そうだろう?
兵頭も料理は出来ると前に言っていたから、何の間題もない。
僕達二人だけでも他の班に匹敵、いいや、それ以上のものが作れるはずだ」
「ん……まあ、そうかもな。
俺は人並み程度の腕しかないけど、倉木がいるならな」
「うん。
なら大丈夫じゃないか」
褒められた嬉しさを隠しきれない感じで声を上擦らせている、が……それはちよっと甘いぞ、倉木。
少なくとも自分はそこまで楽観出来ない。
それだけの理由もある。
すっかりそのことを忘れているっぽい倉木に思い出させてやるべく、春輝はクイッと親指である方向を示した。
「で、あそこにいる、どう考えてもプラスになるどころかマイナスにしかなりそうもない不安要素はどーすんだ?」
ちなみに指差された当人は、きょとんと小首を傾げて意味が分かっていないご様子だ。
流石は不安要素の塊、そんな仕草までこっちの不安を掻き立ててくれる。
けど、倉木は理解してくれたようで、さっきまで自信に満ちていた顔がみるみるうちに曇っていく。
まあ、鳳凰寺のことをちゃんと分かっているなら当然の反応だろうけど。
天然・大ボケ・頗るドジと、事態を悪い方向に加速させることにかけては天下一品の才能を持つこの女が同じ班で、どう安心しろっていうのか。
いくら倉木が万能でも、鳳凰寺を完璧に押さえ込むのはちょっと離しいはずだ。
……いや他人事じゃないか。
ただでさえ人数に余裕がないっていうのに、鳳凰寺のフォローまでしなくちゃならない状況で、ちゃんとしたものを作らないといけないんだから。
この試験がどのくらい成績に反映されるかは知らないしあんま興味もないけど、ようやくでこの手の執事やメイドを目指す人間っぽい実習が出来るんだ。
何せ今までは制服着たままプールに投げ込まれて洗濯機さながらの激流に吞まれたり、米俵を背負って一山越えさせられたり、夏の海で素潜りによる魚介類確保をさせられたり。
どこが従者育成なんだか分からないような授業ばかりだったんだ。
贅沢を言ったら、今度は温泉出るまでシャベルで地面を掘り続けさせられるようなことになりかねん。
だからここは大人の態度というか、寛容の気持ちで。
頑張ってやれるだけのことはやる、ということで。
「とりあえず、何を作るか決めるか。
アクシデントが起こる前提で、時間に余裕を持たせたメニューにしないと」
「そうだな。
向こうで温めなおすには少し手間がかかるから、冷えても美味しいメニュー……それを秋の味覚で、か。
多少限定されるがむしろ品目を絞りやすいな」
こっちの提案に、倉木は何やら頼もしい相槌を打ってくれる。
対して、鳳凰寺はというと、
「あのう、その前にリーダー決めをしちゃいませんか?」
やや遠慮がちに、思いの外真っ当なことを言ってきた。
なるほど、リーダーか。
たった三人の班とはいえ、指揮を執る人間は確かに必要だな。
いざという時にどう動いていいか迷って時間をロスするのも勿体ないし。
鳳凰寺にしては良いことを言うなー、と感心しつつ、春輝は考える間も置かずに倉木へと視線を走らせた。
倉木の方もそれに気付き、目が合う。
それだけで意思の疎通は完了したっぽくて、小さな頷きが返ってきた。
「そんじゃ、リーダーは倉木に任せるってことで」
「ええぇっ?!」
……何故か、鳳凰寺が大仰に驚いてしまった
予期せぬ反応だったから鼓動が乱れてしまった。
とりあえず、春輝は平静を装って彼女へ問いかける。
「……な、何か問題でもあるか?」
「だって、お料理を作るんですよ!?
こういう場合って、女の子が先陣を切るものじゃないですか!
私、こんなフリフリのエプロンドレスまで着ているんですよ?」
猛然と反発する鳳凰寺に、春輝は返す言葉が思い浮かばずに軽くこめかみを指で揉んで、考える。
ちなみに『女の子が』発言の辺りから珍しく倉木の目つきが険しくなったような気もするけど、とりあえずそれは放置。
ええと、今のは何のアピールだ?
自分がリーダーになりたいってことか?
その理由が性別とエプロンドレス……?
いやまあ、確かにエプロンドレス似合ってるけど。
メイド服の上から着ているからふわっとした可愛さがあるというか、それでも尚胸元を押し上げるフォルムが素敵というか、色々と想像力を掻き立てる破壊力は認めるけど。
問題は、肝心な部分にまるで触れていないってことだ。
「……ちなみに、鳳凰寺よ」
「はい、何でしょう?」
「お前……料理、出来んのか?」
「勿論ですよ!」
そう言うと鳳凰寺は、咲き誇るコスモスよりも可情に微笑んで、
「このエプロンドレスを着た時に、確信があったんです。
『あ、これは美味しいものが作れそう』って!
だから私、上手く作れるはずです。
まだ試したことはありませんけど」
「……よく分かった」
やっぱり鳳凰寺はダメだ、ということが。
案の定、こいつはまるで役に立ちそうもない。
間違いなく言い切れる。
その確信はどこまでも気のせいだ、と。
やれやれと頭を搔きたい衝動に駆られるも、きょとんとして何も理解していない風の鳳凰寺に突っ込まれると面倒なのでどうにか堪えた。
結局、倉木に期待するしかないらしい。
まあ、倉木ならこっちの期待に十二分に応えてくれると思うので、その点では安心、
「……なんだ、全く……ちょっとばかり女らしい体つきをしているからって……エプロンが似合うからって、それがどうしたって」
……期待の主が、何だか凄く不安になるような独り言を発していた。
いや、なんだ。
倉木は男にしては小柄で顔も凄い整っているけど……女装願望でもあるのか、こいつは。
もしくは意外に少女趣味というか、可愛いものを見たり集めるのが好きとか?
そんな気配、同じ部屋で暮らしていて全然感じなかったけど、もしかしてそうなのか
うわー……なんか駄目だ、想像したら似合い過ぎだ。
エプロンドレスを着た倉木がにっこりと微笑んだりしたら、それはかなりヤバイ……けど、やっぱ男だしな。
おまけにあいつが女っぽく微笑むのは相当にあり得ないだろうし。
しかし、勘違い甚だしいドジっ娘と、何故か暗黒面に堕ちてしまった優等生。
こいつらと、共同作業で料理を作らないといけないわけか。
「……不安だなぁ、おい」
先行きに暗雲しか見当たらない構成に、春輝は思わずそう漏らした。




