五話・10
「……二人共、どこに向かうつもりなんでしょう。
あちらにあるのは教会と、あとは……図書館ですね」
目立っているのはその二つ。
どちらかというと、図書館の可能性が高いというのが朱音の判断だった。
対して、相方の意見はというと、
「どうでもいいですわ、そんなこと」
やや語気が荒い、それでいて素っ気ない返事がきた。
まあ、そんなセリフは自分と一緒に物陰から観察している時点でまるで信憑性がないので、朱音はくすりと微笑んで、仏頂面のオレリアを見た。
「どうでもよくはないですよ。
七瀬さんに失礼があっては困りますから」
「それを押し付けたのは貴女の都合でしょう?
第一あの庶民が失礼をしないとでも?」
「ああ、なるほど。
グランヴィルさんって、春輝くんのことをよく理解してますね」
「だっ、誰かあの野蛮男を理解ですって?」
大声を出しそうになったオレリアも、尾行している二人に気付かれてはいけないと分かっているようで、ちゃんと声を抑えた。
そんな様子が朱音には面白くて仕方ないけど、顔には出さない。
追尾中の二人と同じく自分も観察対象になっていると知れば、オレリアは怒って帰ってしまうだろうから、そう簡単に尻尾は出せないのだ。
何にせよ、楽しい状況だった。
バッタリ会ったオレリアに、これは面白いということで従育科試験の内容と下した命令を教えてみたところ、予想通りに食いついてきた。
尤も、本人は上手く誤魔化していたつもりなんだろうけど、特技が『人を欺くこと』という自分を信じ込ませるには全然で、むしろ笑いが込み上げてきて大変だった。
そして一度餌に興味を持った彼女に、
『ラベールブロンシュの、いいえ、日本美術界の宝とも言うべき七瀬さんに何かあっては大問題です』
と言えば、もうあっさりと釣れた。
命令を下したのが自分だということを棚に上げたのに、全く気付かれなかったし。
先陣を切る勢いのオレリアに付いていく形でデート中の二人の姿を無事に捕捉して、彼女と並んでベンチの陰からカフェテラスを観察して……
朱音としては、この時点でもうかなりの成果だった。
それに、押し隠そうとしてはいても二人が行く先が気になって仕方がないと丸分かりのオレリアは、見ていてにやついてしまうくらい楽しい。
からかいがいがあるって素晴らしい。
いつもこんな風ならいいのになあ、と吞気に朱音が思っていると、
「……図書館に入りましたわ」
オレリアが呟き、あわてて朱音も確認する。
ほんの僅かに見えた二人分の後ろ姿は、確かに図書館へと続くアーチを潜っていった。
茂みが垣根となっているのでそれ以上は見えないが、どうやらここが目的地らしい。
しかし……
「おかしいですね」
「何がおかしいんですの?
スケッチブックを持っていたからといって、図書館に入るのは不思議なことではありませんわ」
「そうですけど……図書館の扉、開きました?」
言われて、オレリアも考え込む。
茂みが邪魔で姿はよく見えなかった。
当然、扉の開閉も見えない。
けれど年代物の扉をわざわざイギリスから直輸入したという図書館の扉は、利用したことがある人間なら誰もが知っている通り、開閉時に独特な重い音を立てる。
ちょっと距離があるとはいえ、日曜の静かな空間で聞き取れない音では無いはずだ。
二人の行動に注意を払っていたのだから、尚更に。
なら、二人はどこに消えたのか?
朱音はオレリアと顔を見合わせ互いに疑問を抱えたまま、とりあえず図書館の中に入ってみることにした。




