五話・8
日曜で、まだ十時にもなっていないからか、カフェテラスには生徒の姿がまるでなかった。
がらんとした敷地を見ていると、どうにも人件費の無駄近いに思える。
二年になったらここも従育科の生徒が受け持つことになるようなことを深閑が言っていたような気がするので、春輝にとっても他人事じゃない。
どれだけ暇を持て余すことになるんだろーか。
とりあえず誰もいないので、春輝は適当に近くの席を確保。
メニューを持ってきた二十代と思しきメイド服の給仕にそれぞれ注文を済ませて、すぐに運ばれてきたアイスレモンティーを一口飲んで、ようやく人心地つけた。
ななみの方は、まだちょっと硬いというか警戒気味というか、リラックスムードとは程遠い緊迫感を漂わせたままフレッシュオレンジジュースをちびちびと飲む。
さて、これから何をすればいいのやら。
ちっとも思いつかないから困ったもんだ。
とりあえず、
「ちょっと順番が遅くなった気もするけど、自己紹介といくか。
俺は見ての通り従育科の一年で、兵頭春輝だ」
まあわざわざ言うまでもなく従育科生は全員一年だけど、世の中には例外っていうのもあるから、念の為に。
そして目の前にいる例外の小さな先輩は、ストローから口を離して、
「七瀬ななみ、高等部上育科二年生。
これでも十九歳なんだから、ちゃんと年上らしく扱わないとダメなんだよ」
「あー、了解した。
ちゃんと先輩って呼ぶ」
反射的に頷いて……それから『いや待てよ』と思い、春輝は続けて、
「やっぱり敬語の方がいいか?
先輩相手にタメ口っていうのも何だし」
この外見でその年齢ってのもどうにも信じられないけど、どうやら事実らしいし、おまけにこんなことにまで付き合わせる羽目になっているんだから、ちょっと気を使ってみる。
敬語はあんまり得意じゃないけど、試験中で義理のある相手にそんなことを言っていられない。
小さい体で何度も年上アピールをしているななみだからあっさり『当然だよ』と返ってくると春輝は予想していたものの、何故か小さな肩を揺すって迷うような素振りをする。
「うー……そのままでいい。
敬語じゃなくていいから」
「いいのか?
いやこっちとしては助かるけど」
「その代わりちゃんと敬愛の念を込めるんだよ?
ぞんざいに扱っていいって言ってるわけじゃないんだからね」
普通に敬語を使えというより難しい要求をされてしまった。
子供は時として無茶を言うけど、この先輩も大概無茶だ。
まあ、一応努力はしてみるってことで。
別に軽く見るつもりもないし、それで勘弁してもらおう。
なにせ試験は夕方までだ。
時問はたっぷりあるんだから、互いに気まずい過ごし方はしたくないだろうし。
「……っと、そういえば、」
一つ確認しておかないといけないことがあると思い出し、春輝はストローをかじかじしているななみに訊ねる。
「どこか行くみたいだったけど、何か約束でもあるのか?」
「約束も用事もないよ。
どこかで絵を描こうと思ってただけだもん」
「へー。
ってことは、先輩は美術部なのか?」
「違うよ。
美術部には入ってないの」
不機嫌そうに頬を膨らませてそう言うと、ななみは視線をグラスの中に落とした。
どうやら部活の件には触れられたくないみたいだと判断して、春輝はこっそり息を吐く。
相手の情報が無いから、どの辺りが安心して話せることなのやらさっぱり分からない。
いや普通はそんなの無くても大丈夫なんだろうけど、この先輩はかなり気分屋っぽいから迂闊なことを言ったらまずい。
怒られるのはまあいいけど、泣かれたら困る。
物凄く困る。
なので話題を変えたい、けど……一番気になる年齢のことは、やっぱり訊き難い。
かなり興味あるんだけど、やっぱ事情があるんだろうしなぁ。
地雷原のど真ん中っぽい気もするし。
しかしそれを除くとなると、どうすりゃいいんだ。
こういう時は『ご趣味は?』とかって、それじゃ見合いだ。
それにどう考えても、ここに通うお嬢様と一般人の自分とで趣味が一致するとは思えないし、話を広げるのにも困る。
『音楽』って言えばここの連中はクラシックだの箏曲だのオペラだのとカラオケのランキンクでてくる曲や名前なんてちっとも出てきやしない。
『旅行』といえば基本は海外だし。
それも韓国や台湾みたいな近場じゃなくて、地中海だのカリブ海だのマイアミビーチだの、お前等そんなに海が好きかと訊きたくなるくらいクルージングやらマリンスポーツを楽しんでいるようだった。
そんな話聞きたくもないけど、日頃のキツすぎる従育科の授業プラス少しでも他の奴等に追いつく為に早朝トレーニングを始めたから、休み時間は少しでも体力を回復するべく机に突っ伏していて、そうするとクラス内でキャーキャー騒ぐ黄色い声が嫌でも入ってくるわけだ。
おまけに昼休みにウエイターをしていれば、必ずどこかのテーブルで自慢合戦が始まるし。
春輝は腕を組んで……脳から煙が出て唸りたくなるくらい考えて、
「……その、猫は好きか?」
「ふあ?
好き、だけど……?」
「そうかならいいんだ」
会話、終了。
ギネス級につまらない内容で幕引きでした。
駄目だ、言葉のキャッチボールがまるで出来ない。
なんだよ猫って。
動物ネタやるなら広げるだけの知識くらい持ってろよ、自分。
ああもう、今更のように『肉球の触感がいいよな』とか『サーバルキャットって無理矢理八頭身にしたアニメキャラみたいで綺麗だけどなんか変だよなー』とか、ポンポン話題が浮かんでくる。
時既に遅しだよ。
一度だんまりした後でんなこと言い出したら、絶対に戸惑われて終了だ。
まず間違いない。
この気まずい空気に、春輝は息苦しくなって首元に手をやる。




