五話・2
「パートナーカード?」
初めて耳にするその名称に、春輝は思わず聞き返した。
向かいの席に座っていた朱音はその反応に満足したようで、にこりと笑って、
「そう、パートナーカード。
その実物がこれね」
言うと、テーブルに一枚のカードを滑らせた。
春輝はよく分からないまま、それを手にしてまじまじと見つめた。
名刺サイズの厚紙で、ラベールブロンシュの校章の横に『パートナー申請証明カード』と記されていた。
その下に、いくらか小さなフォントで『上育科一年藤條朱音』と、目の前にいる幼馴染みの名前もある。
裏を見れば、小さな文字で何やら書かれているが……
「つまり、従育科試験を受けるにはこれが必要になるわけか?」
「うん、その通り。
それを持っていない生徒は試験を受けることすら出来ないってわけ」
「へぇ……これがそうなのか」
呟いて春輝はルームメイトと今朝かわしたばかりの会話を思い出す。
従育科生徒寮の食堂で同室の倉木皐月と朝食を食べていた時、『そういえばそろそろだな』と倉木が切り出したことで、従育科の試験にとある参加資格が必要だと初めて知ったのだ。
倉木曰く、月に一度のペースで従育科生徒のみを対象にした実技試験があるという。
その存在自体は春輝も知っていたが、それに参加する為にパートナーが必要だとは知らなかった。
超名門の元お嬢様学校にて、共学化に伴い執事・メイドを育成するという従育科を設立して、まだほんの数ヶ月だ。
至らないところや試験的な部分も多々あるんだろうが、パートナーシステムもその一つらしい。
事務員の都も主任教師の深閑も、誰もそんなこと説明してくれていなかった。
教師陣の怠慢だと呆れたくなる。
そんな重要なこと、知らないまま当日を迎えていたらどうするっていうんだか。
それにしても倉木とそれなりに打ち解けていて良かったと、春輝は心から思う。
無愛想で自分からは話し掛けてこない倉木と世間話が出来るようになったのは、ここ一週間くらいのことだ。
一ヶ月近くも同じ部屋で寝泊まりしているんだからもっと早くても良さそうなもんだけど、相手は無駄口の少ないクールで万能な優等生。
半年くらいは相手にされない可能性もなくはなかっただろうし、健闘したというべきか。
何にせよ、朝に倉木から試験の話を聞いてから興味を惹かれていたので、昼休みに朱音を誘ってみたのだがパートナーカードか。
思ってもいない収穫だ。
春輝は眺めていたカードをテーブルに置いて、お嬢様っぽい仕草で紅茶を飲む朱音に尋ねてみた。
「これが無いと試験が受けられないってことは分かったけど、どうやってゲットするんだ?」
「んー……わたし達は丁度今朝、これを配布されたの。
だから午後の授業で説明があると思うけど?」
「いや、他の奴等は知ってるんだろ?
なら余計な説明で授業時間を削るのもあれだし、教えてくれると助かる」
「うーん、そう素直にお願いされちゃうと弱いなぁ」
照れるように微笑んで、朱音は紅茶のカップをソーサーに戻した。
正直、その笑顔も『弱いなぁ』発言も、全然お前の腹黒キャラに合ってないと言ってやりたい。
けどまあ、んなこと言って機嫌を損ねるのも馬鹿らしいし……後も怖いし。
雉も鳴かずば打たれまい、と。
表情に出さないようにしながら納得する春輝に、朱音はカードの縁を指でなぞりながら口を開いた。
「パートナーになって欲しい生徒は、当然だけど上育科の生徒にアピールするの。
『お願いします、お嬢様』って具合にね。
上育科としては試験に参加すると、日曜日が潰れてしまうからそこがデメリットになるし、よく知らない相手、嫌いな相手とは組みたいと思わないわね。
だから普段の態度、知名度が重要になってくるのかな」
「なるほど難しいな」
「でも お嬢様って基本的に暇潰しが大好きなのよ。
刺激に飢えている子は多いから、上手く口車に乗せれば意外に簡単だと思うな。
前回の試験の時も、半数くらいの従育科生徒が試験に参加出来たはずよ。
何も言わずとも向こうからパートナーを申し込んできた、倉木くんみたいな例もあるしね。
何枚もカード貰って、誰と組むかで話題になっていたのよ」
予想通りというか、倉木はちゃんと参加出来たらしい。
となると、他の男子生徒のことも気に掛かる。
「香取と壬卦はどうだったよ?」
「壬卦くんは参加出来たみたい。
ほら、あの子って可愛い系だから、好ましく思っている女の子も少なからずいるのよねー。
香取くんの方は……聞かなくても分かる?」
「まあ、大体は……これだろ」
春輝が胸の前で指を交差させてバツにすると、朱音は苦笑混じりに頷いた。
「うん、駄目だったわ。
頑張ってアピールしていたんだけどね……それが逆効果というか。
必死なのはいいとして、何人もの女の子にやったら駄目よねー。
おまけに土下座されても、困るだけだもの。
思わず逃げちゃうわよ」
「……逃げたのか?」
「だって、顔上げたらスカートの中見えちゃうし。
というか、絶対に見ると思ったし」
キッパリと、マジな目をして朱音は言う。
春輝はそれに対し、何かフォローを入れてやろうとして……断念した。
悪い香取、無理だ。
お前の普段のセクハラ言動が頭を過ぎると、何も言えなくなる。
まあ、問題はあんな馬鹿のことじゃなくて、従育科試験とパートナーだ。
どうにかしてカードをゲットしないと、試験は受けられない。
けど、未だに上育科の生徒に怖がられて目を合わしてさえ貰えないこの身で、どうすりゃ都合がつけられるんだ。
顔と名前が一致する生徒も少ないし。
候補としては、オレリア、か。
あいつなら話も出来るし怖がられることも無い。
……けど、今まで散々あいつの髪型をドリルって言っておいて、こんな時だけ頼むって言うのは身勝手だよなあ。
別に貶しているつもりはないけど、向こうがそういう捉え方をしているなら一緒だし。
オレリアの友達の、楊水蘭はどうだろう?
ろくに話したことは無いのにパートナーなんて言われたら、やっぱ引くだろーか?
後は……上育科唯一の男子生徒の、大吉か。
清司郎なんて芸名みたいな名を自称をしているあいつに賴むのは気が進まないし、馬鹿っぽいけど顔は文句なしにいいから女子との争奪戦になるだろうしなぁ。
そこに混ざって勝てるとも思えない。
しかし出られないのは問題だ。
従育科試験の年間参加率が三割を切れば問答無用で退学になるらしい。
逆に言えば一度や二度参加出来なくても大丈夫なんだけど、ペナルティは度外視しても試験にはちゃんと出たいところだ。
さてどうしたもんかと腕を組んで、春輝は眉間に皺を寄せて考え込み、
目の前に、さっきまで見ていたパートナーカードが滑って来た。
反射的に手で抑えて、それから向かいにいる、これを投げたはずの朱音を見る。
優しげに微笑んでいるようにも、その奥に不敵なモノを隠しているようにも見えてなんかめっさ怖い。
だから春輝は恐る恐る、
「これは?」
質間に対し、朱音は表情を変えないまま紅茶のカップへと細い指を伸ばして、
「あげるわ、それ」
「……へ?
ってことは、試験を手伝ってくれるってことか?」
「結果的にそういうことになるのかな。
どちらかというと、遙々編入して来たんたからせめて試験くらいは受けさせてあげよう……っていう、慈悲深い心意気なんだけど」
「それは……まあ、いいか。
ありがたい申し出には違いない」
下手に突っ込んで『やっぱりやーめた』なんて言われたら事だしなあ。
白紙撤回をする為には、たぶん土下座くらいする羽目になるんだろう。
それに、実は疑心暗鬼にかかってビビっていたところだし、慈悲は甘んじて受けるべきだな。
……まあ、何か企んでいる可能性は高いけど……ありがたいのは本当だ。
他にカードを貰えるあてがないんだから、ここは素直に感謝をすべきだろ。
春輝は疑心のまま、優雅に紅茶を飲む幼馴染みの顔を見つめてみた。
カップで口元は隠れてはいるものの、その表情からは他のお嬢様達と変わらない余裕が窺えて、到底腹の底までは分からない。
「試験、楽しみね?」
「……ああ、無事に終わってくれることを切に願うよ」
微妙に噛み合っていない会話をしながら春輝は、喜ぶべきかため息を吐くべきか分かりづらい状況に曖味な笑みを浮かべながら、パートナーカードをポケットに仕舞った。




