五話・3
午後に入って授業が上育科と従育科で分かれると、朱音の予想通り、深閑の口から今週の日曜に試験を行うという話がされた。
まあ、それはいいとして話すのは概要と参加条件だけで、試験内容は当日まで知らせないっていうのは、どうなんだ。
まさかその日の気分で内容を決めるとかないよな。
……けど、『まあいいか』と、パートナーがいる春輝はほんの少しだけ余裕を持っていた。
授業内容は例によって地獄のへンテコ体力作りで死ねたけど、もう試験に参加出来る資格はあるからちょっと寛容な気分になれる。
なので、次回以降の参考にしようとカード集めをしている他の面子を探ってみると、倉木の奴は流石というか、初日だけで三枚のカードをゲットしていた。
土曜の朝なんて二十数枚のカードを机に並べて考え込んでいたから、こいつはまるで参考にならない。
女子の受けが良さそうな壬卦は、初日こそカードを貰えなかったらしいが、二日目に一枚、三日目にもう一枚ゲット、土曜日の段階で四枚のカードを持っていたんだから、こいつも大したもんだと思う。
ちなみに香取は前評判通り。
昼休みの度、授業が終わる度に上育科女子の前に出没しては避けられたり逃げられたりと、一枚もカードを貰えずにいた。
目を血走らせて怒濤の勢いで懇願して、わざとか勢いか告白っぽいことまで言ってるし、土下座からローアングルでスカートの中を覗こうとしてるしなぁ。
そりゃぁ逃げられるっての。
ただ、必死さだけは伝わってきた。
自分も次は頑張ってパートナーを探さなきゃならないだろうから、この余裕も今回限りだ。
次回までにイメージ改革をしないとヤバそうな気もする。
とりあえず、試験を翌日に控えた今、意識は完全に試験へと向いていた。
内容が分からないから予習のしようもないけど、前回は都内の某高級百貨店でパートナー役のお嬢様の買い物に付き合うというものだったらしい。
それのどこが試験になるのか全く分からないから、対策なんて立てようがない。
まあ、とりあえず。
明日に備えて体調だけは整えておこうと、春輝は寮に戻ろうとしていたのだが……寮の前に、目立ちまくりの見知った顔がいた。
夕日を浴びて赤みがかった金髪をドリル状の縦ロールにしていて、授業中でなければ私服でオッケーとはいえ構内でドレス姿をしているヤツなんて、春輝の知る限り一人だけだ。
「……オレリア?」
ほぼ同時に向こうもこっちを発見したようで、つかつかと気持ち速めの歩みで近付いて来る。
どうやらターゲット……じゃない、用があるのは自分に対してらしい。
けど、春輝にはこれっぽっちもオレリアに用は無いし、怒らせたってこともないはずだ。
……少なくとも今日は。
さてなんだろうと思っていると、紅いドレスのオレリアはすぐ近くにまで来て、意味ありげに、不敵な笑みを浮かべた。
「相変わらず間抜けな顔をしてますわね。
明日は試験なのでしょう?」
「ああ、そうだけど」
出会い頭から馬鹿にされたような気がするけどなんかおかしいな。
向こうから話し掛けてきたってこともそうだけど、オレリアは楽しそうというか、テンション高めに頰から首筋にかけてほんのり赤く染めていて、いつものドリルとは違う気がする。
「中途編入で他の庶民よりも出遅れているというのに、随分と余裕ですわね。
それとも開き直ってるんですの?
まあどちらにしろ、参加出来ないのであれば試験など全く以て関係のない事ですわね……フフッ」
「……あぁ、なる」
その物言いで、春輝はようやく納得がいった。
同じクラスだし、カード集めに奔走せずに普段通り過ごしていたのを知っているわけだ。
つまり、あれか。
試験前日になってカードを手に入れていないのは香取だけじゃなくて、自分もだと思われているわけか。
だからここぞとばかりに笑いものにしてやろう、と。
そーいや服もなんか気合い入ってるしなぁ。
制服以外の普段着がドレスっていう常時派手なヤツだけど、いつにも増して露出の多い白いベアトップドレスを着て、しかも手や首にアクセサリーが煌めいてるし。
しかも指輪、あの色はサファイヤか?
トータルでいくらかかってんだ、こいつのファッション。
「普段の行いが如実に表れてますわね。
身の程を弁えず偉そうな主張ばかりをしているからそうなるんですわよ。
これに懲りたら慎みという概念を覚えるといいですわ!」
「……そうか」
「ええそうですわ。
この私からの、エメラルド鉱山よりも価値のある奇跡に等しい忠告をその小さな脳によく刻み込みなさい」
わあ、ノリノリだなこのドリル。
それにしても嬉しそうだ。
ここまで得意気なドリルは見たことが無い。
こいつにここまで不幸を喜ばれるほど恨まれる覚えはないけども……根本的な部分を勘違いしてるって、教えてやるべきだよなぁ。
微妙にこっちが哀れんだ目をしていることにどうやら気付いていないオレリアは、外だっていうのに絶好調で高笑いを上げて、
「フフッ……編入までしておいて肝心の試験を受けられないだなんて、滑稽ですわね。
悔しいでしょう歯痒いでしょう夜も眠れないことでしょう?
貴方がどれだけの覚悟で以てこのラベールブロンシュに飛び込んできたのかは存じませんけど、これが現実というものですわ!」
「……いや、その」
「ですが、ここで自暴自棄になられても困りものというもの。
日々の言動が物を言った結果とはいえ、ラベールブロンシュに通う令嬢達の度量を疑われるのも心外ですわ。
逆恨みの機会など与えないに越したことはありませんし。
ですから……」
「俺、カード貰ってるぞ?」
「これまでの謝罪をした上でどうしてもと言うのであればこの私が……え?」
言った意味が時間差で脳に染み込んだのか、オレリアは遅れ気味に反応した。
お嬢様だっていうのに口をポカンと開けて、ちょっとはしたない。
「ほら、ここにちゃんと。
だから試験は受けれるぞ?」
春輝が生徒手帳に大事に仕舞っておいたパートナーカードを取り出して言うと、
「な……えっ?
それ、あ、の、だ……誰からっ!?
いつの間にっ?!」
「朱音から貰った。
カードが配られた当日の昼に、だな」
「そっ……」
唇の動きを見るに、『そんな』と言いたかったらしい。
けど途中から声になっていなかったので、あくまで憶測。
つい数秒前まで勝ち誇っていた笑みを驚愕に変え、さらに茫然自失といった具合にクラスチェンジを果たしたオレリアは、
「なら、別にいいんですのよ。
ええ、それなら、別に」
ぼそぼそと呟いて、そのままぎくしゃくと歩いて行ってしまう。
しかも途中でガクッと崩れて膝を着いて、ピンヒールが折れたか取れたかしたみたいな倒れ方だったけど、オレリアはよろよろと立ち上がった。
振り返って照れ隠しにこっちを睨んでも良さそうなのに、振り向くことなく歩みを再開。
明らかに様子がおかしいと、春輝は去っていく背中に向けて、
「おい、オレリア?
どーいうことだよ、なあっ。
そこのドリル!」
声を掛ける……が、無視された。
いつもならドリル呼ばわりすると顔を真っ赤にして怒るっていうのに、ピクリともしなかった。
かなり未期症状だ。
何の末期かは知らないけど。
「何だったんだ、 一体……」
首を傾げるも、さっぱり理解が及ばない。
春輝はそのまま、オレリアの小さな背中が見えなくなるまで思索に耽ってみたものの、これといった答えは思い浮かばなかった。
そして、
「……ま、いっか。
問題は明日だ、明日」
優先すべきは試験なので、さくっとドリルお嬢の奇行は忘れることにした。




