五話・1
広く大きなラベールブロンシュの図書館はイギリスにある有名な博物館をモチーフにしたチューダー様式の建物で、その内装も落ち着いたアンティークで固められていた。
まだ昼休みも早い時間帯なので、生徒の姿は殆ど無い。
だから大きな八人掛けのテーブルに小さな少女が一人着いているというとても目立つ光景を見ている者はおらず、結果的に少女は人目を気にせず作業に没頭することが出来た。
生徒がいれば、もう絶対と言い切れるくらい注目されて集中出来なくなっていたはずだ。
……けど、集中出来ていたのはついさっきまでのこと。
小学生にしか見えない体躯の少女、七瀬ななみは、一つの難題にぶつかって眉を顰め、ペンを持つ手をピタリと止めていた。
着いているテーブルに広げられているのは大判の封筒に、可愛らしい文字で宛名が書かれたファンレターが数通と……
そしてA4サイズの一枚の紙。
目の前にある紙はとある雑誌の編集部から送られて来たもので、いくつかの簡単な質問が書かれている。
厄介な問いは、上から五つ目の設問だった。
『七瀬さんの好きな場所はどこですか?』
好きな場所、と訊かれても。
それは学内?
それとも学外も含めてなの?
ななみは唇を尖らせて、こんがらがる思考を整理しようと努力する。
もし、学外も含めるならばどこだろう。
海は好きかな。
でも川も好きだしどちらにしても具休的な地名は挙げられないけど。
漠然とした『好き』だから、細かいところまで突っ込まれると、ちょっと困る。
そして、学内だけというのなら、もっと困る。
嫌いな所はたくさんある。
けど、特別好きな所なんて、まるで思いつかない。
寮の自室も好きってわけじゃないし。
安心はするけど、実家に比べると心細くなる点が嫌。
「……うぅん……」
小さく唸ると、意外なくらい響く。
自分の声にびっくりして、慌てて周りを見て誰もいないことを確認し、ななみはホッと息を吐いた。
そして再び、難題に挑む。
好きな場所。
好きな場所。
好きな場所……
それでも、強いて挙げるなら……
ななみは顔を上げて、自分の背後にある窓へと視線を注いだ。
建物のサイズに似合った大きな窓。
本を傷めないようにと配慮され半分ほどカーテンで隠されたその向こうには、背の高い茂みに覆われて小さな庭のようになった空間がある。
芝生が敷かれ大きな石碑のあるそこは、ななみが頻繁に立ち入る秘密の場所だ。
好きかどうかはともかくとして落ち着ける。
誰にも見つからず、誰にも話しかけられることのない『安息の箱庭』って感じ、かも。
あそこで誰にも知られずスケッチブックを広げている時が、もしかしたらここにいる中で一番楽しい時間なのかもしれない。
……でも、素直に『図書館の裏』なんて書いたら、もうそこは一人だけでいられる場所じゃなくなっちゃう。
自分以外の誰かに踏み荒らされて、また行き場が……
「……そーいえば」
以前、自分以外の人があの場所にいたことがあったはず。
ちょっと強引な男の人で、そのせいでうっかり気絶なんかしちゃってとてもとても恥ずかしい想いをした。
編入直後からこの一ヶ月足らずですっかり有名になった、従育科の一年生。
勘違いの激しい、失礼な男の人。
でも何故だか、一緒に居てもそんなに緊張しなかった、ような、気が、する……?
「……うぅん……?」
確信はないし、理由も思いつかない。
だからこそ気になって、ななみは机の上に万歳をするように突っ伏したまま小さく唸った。




