四話・14
眠くても昼は来るし、昼になれば仕事がある、
ということで、昨日はろくに活躍出来なかった分も頑張ろうと、眠気を堪えて食堂でウェイターを務めてみたものの、やっぱり誰も担当エリアのテーブルには着いてくれず。
おまけにオレリアを押し倒したという噂は、早朝に朱音が知っていた通りマッハで広まったようで、昨日以上に周りの視線が突き刺さり。
欠伸を噛み殺しながら『俺の人生って、どこで踏み外したのかなー……』とネガティブなことを考えていた。
そんな時に。
昨日同様、背の高い中華女を引き連れて、オレリアが現れた。
むすっとしてテーブルに着いたオレリアは乱雑にメニューに目を通しているけど、今にも文句が飛んできそうな不機嫌具合だ。
触れば噛み付いてきそうなオーラが出まくっている。
なんか無闇に『テーブルセッティングが気に入りませんわ』とか『ウエイター、心臓の鼓動音が耳障りですわよ止めなさい』とか『何でもいいから殴らせなさい』とか言い出しそうな……いや最後のは無いか。
いくらなんでもそこまで傍若無人ってことはない……はず。
けど、なあ。
間違っても上機嫌には見えないし、ピリピリと空気が張り詰めているのも確かだ。
友人の様子にメニューを逆さに持って視線を彷徨わせている楊の挙動不審っぷりがいい証拠になっている。
それでもまあ、客は客だし、こっちは新米ウエイターの役目があるので、流れ通りにグラスに水を注いでから、一礼して区切りをつける。
「……ご注文はお決まりでしょうか?」
ちょっと気まずいのが声に出てしまったものの、春輝は自己判断でセーフと判定。
オレリアの眉間に皺が寄った気がしなくもないけど、それでも難癖はつけられなかったからセーフ。
数秒間、嫌な沈黙があったものの、むっつりと閉ざされていたオレリアの僅かに開いて、
「例の変態、捕まえたそうですわね」
注文とは全く関係ないことを言った。
肩透かしを食らった、といえばそうだけど、このドリルが唐突なのにはもう慣れた。
だからウエイターモードを止めて、春輝は背筋の緊張を解いた。
「まあ、な。
殆ど朱音の手柄だけど」
「そうみたいですわね。
朝からずっと、休み時間の度に自慢話をしていますもの。
嫌でも耳に入りますわよ」
苛立たしげに言う辺り、よっぽど朱音のことが気に食わないのか。
まあ、毎度弄られる立場ということを考慮すれば仕方ないか。
けど、愚痴なら後にしてもらいたい。
こっちは仕事中なんだから、先にオーダーだけでも取りたいのが本音だ。
沈黙を以て催促をしていると オレリアはますます不機嫌そうに眦を上げて、幼稚園児なら問答無用で泣き出しそうな怒気を発し始めた。
不手際をした覚えはないけどなんかもう謝りたくなる雰囲気に、適当な用事を思い出したことにして退散しようと思った矢先、オレリアが再び口を開けた。
「……実際に盗撮犯を捕まえ、制裁を加えたのは貴方ですわね?」
「へ……?
あ一、まあ、そうだな」
朱音は見ていただけなので、そう言っても間違いじゃないはずだ。
だから頷くと、オレリアはそっぽを向いて、
「なら、」
あらぬ方向を睨み付けたまま、続ける。
「私の代わりに、不埒な犯人に制裁を加えた功として、昨夜の一件は不問に致して差し上げますわ」
誰に向けてというより、独り言のような感じで、そう言った。
今のは……あれか?
もしかしてもしかすると、礼を言ったつもりか?
今ので?
あんな言い方で?
春輝がぽかんと口を開けて、同じような表情をしていた楊と目を合わせた。
すると何かが伝わったようで、彼女は苦笑混じりの微笑みを浮かべて、頷いて見せた。
……つまり、そういうことらしい。
どれだけ不器用で、どれだけ素直じゃなければそんな言い方になるのかって感じだけど……
何故だか不思議と、悪い気はしない。
だから春輝は、笑みで以てオレリアに応えてみた。
と、瞬時にオレリアは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がって、
「ッ、不愉快ですわ!
行きましょう、楊さんっ!」
キレ気味に叫んで、そのままズンズンと食堂から去って行った。
置いてきぼりを食った楊は、しばしぽかんとして……それから慌てて立ち上がり、春輝に頭を下げてから、急ぎ足でオレリアを迫って食堂を出た。
残された、というか、当て逃げを食らったような形の春輝は、呆然と二人が消えていった方向を見て、
「……また注文取れなかった」
呟いて、苦笑する。
まあ、代わりにしては面白いというか、いいものが見れたから良しとするか。
ウエイターの仕事は明日も明後日もあることだし。
そして逃げ去ったオレリアとも、明日も明後日も顔を合わせることだし。
何も焦ることは無いんだから、ゆっくり、確実に進展していけばいいか。
とりあえずは客の逃げていったテーブルを片付けることから始めようと、春輝は誰も手に取りることのなかったグラスを手に、キッチンヘと向かった。
ちなみに。
放課後に朱音から聞かされた種明かしだが、
「あの推理で当たっていると思ったんだけど、あれって確証はないでしょ?
それに張り込むのも面倒よねー。
だからね、家に電話を掛けて、ラベールブロンシュに出入りしている全業者を脅……内密に頼んで、搬入に関わっている人のリストを貰ったのよ。
で、藤條のスタッフに調べて貰ったら、一人だけ過去に盗撮容疑で軽犯罪法に引っかかった人がいたのね。
会社にそれとなく問い合わせてシフト表を確認したら、その人が今朝の搬入スタッフだったから、たぶんやるだろうなー、と思って早起きして捕まえることにしたの。
上手くいって良かったな。
そこそこ楽しめたし、ね」
と、いいうことらしい。
……教訓。
やっぱり朱音だけは、敵にも味方にもしたくないなぁ。
改めてそう思わせてくれたという意味では、確かにいい勉強になった……かもしれない。




