四話・10
「落ち君け。
よく分からないけど、お前はたぶん勘違いをしている」
「誰が何を勘違いしていると言いますのよっ?!
私を、そんな心にも無い甘言で惑わそうとしておいてっ!」
「だからそこまでする気はなかったっつーの!」
思わず怒鳴り返して、どうすりゃいいんだ、この迷走ドリルは。
けど、どうやら向こうに止まるつもりは更々無いようで、オレリアはじりじりと嬲り寄って来ながら暗い笑みを口元に浮かべた。
「……やはり真っ先に屈服させるべきは貴方ですのね……そう、そうですわ。
あの写真も見ていることですし、グランヴィル家の恥を濯ぐためには、まず目の前の敵を闇へ葬るところから始めるべきですわ……」
待て。
べきじゃない。
心の中で突っ込むも、異様な迫力に押されて春輝は前に出していた手を上にあげて、降参の意を表して、
背後から、誰かの足音が聞こえた気がした。
思考は瞬時に目の前の馬鹿な状況から警戒態勢へと切り替わった。
そうだ、盗撮犯だ。
ここでこうして、もう深夜だってのに眠気を堪えているのは、全部そいつが来るかもしれないからじゃないか。
意味不明なドリルを相手にしている場合じゃない、今の騒ぎで所在がバレているかもしれないけど、相手の出方を掴むためにも隠れ潜んで先手を取らないと。
そう思って、春輝は振り返り様に腰を落として……
そこにタックルを食らって、倒れ込んだ。
「どっ!?」
「フン、逃げようとしても無駄ですわ!」
腰に重みを感じながら無理矢理に上半身を捻った春輝が見たものは、不敵に笑うオレリア。
オレリア、というか、状況をまるで理解していない馬鹿娘だった。
「くっの、ドリルてめぇ!
自分が何してるか分かってんのか?!」
「勿論ですわ。
これは……そう、制裁。
天罰に等しき制裁ですわ。
フフ……」
「分かってないじゃんかよ!?」
暗黒面に堕ちた笑みを浮かべやがるドリル相手に説得は無理だ。
というか暗黒面に堕ちてなくても無理だ。
土台、他人の言うことを聞く女じゃない。
ならどうするかは決まってる。
問答無用で、ねじ伏せる。
自分の海を囲もうとしていたオレリアの右手首を、逆に掴む。
それだけであからさまに動揺したオレリアは、咄嗟に手を引きながら腰を浮かした。
願ったり叶ったりの展開に、手首を掴んだ左手に力を込めて抵抗をすると共に、下半身も捻って仰向けになる。
そして右腕を下からオレリアの膝裏に入れて、そのまま一気に体勢を入れ替え、くるっと回り、上下関係は見事に逆転。
鮮やかにオレリアを組み伏せることに成功した。
「なっ、何をしッ!?」
抵抗が激しくて暴れるので、体で押し潰すようにして自由を奪う。
勿論、右手首はガッチリ掴んで離さずに、空いた手は叫ぼうとする口を押さえて。
こうでもしないと言うことを聞かないんだから、これはもう仕方ないだろ。
じゃじゃ馬っていうのはこういう奴のことを言うに違いない。
目と鼻の先というか、鼻の頭が触れ合いそうな至近距離でむーむーと唸り続けているオレリアを睨み付け、
「いいか、落ち着け。
悪いようにはしないから静かにしろ」
「ーッ!?
ッ、ッー!
ー!!」
何故だか、抵抗が増しやがった。
おかしい。
何がいけなかったのか。
出来るだけ刺激しないように語しかけたつもりなのに。
「いいから、静かに。
さっき後ろから足音が聞こえた。
お前の大好きな盗撮野郎かもしれないんだ」
「ッ!?」
「そうだ、だから見つかったらまずいんだ。
ヤツが憎けりゃ協力しろ、今暴れられたら逃げられるぞ」
「……」
「よし、いい子だ。
そのまま静かにしておけよ」
耳元で囁くように言うと、流石にオレリアも身動ぎはしたものの喋ろうとはしなかった。
よし、これで一安心だ。
なんだかセリフだけ聞くととんでもない発言をしてしまっているような気もしなくもないが、誰かに聞かれているわけじゃないし、まあいいだろ。
大人しくはなったけど、念の為にオレリアの体は押さえつけたままにしておく。
ただし口を塞いだままたと呼吸しにくいだろうから、口を塞いでいた手だけはどけてやる。
掌に受ける吐息がこそばゆかったのも理由の一つだ。
その状態で聞き耳を立て、自分達以外の気配を探る。
風は殆ど無いから、草木が擦れる音はあまりしない。
噴水が申し訳程度に水音を立てているけど、それも大して気にならない。
じっと隠れていた時に聞こえていた周囲の音とは違う、ノイズのように混ざっているはずの音を探す。
神経を研ぎ澄まして、呼吸を控え、何一つとして聞き逃さないように……
「……ッ」
聞き逃さないように……
「……ん……」
聞き逃……
「……ぁ……」
……
「……ッ……ふ、ぅ……」
あーもう駄目だ、これは無理だ。
耳元でやや湿った息づかいを感じて、しかもそれが何やら悩ましげな響きだったりなんかして……それで集中出来るかよ。
年頃の男を嘗めるな。
ただでさえ暗闇の中で抱き合う形で、服の生地を浸透するようにして体温が伝わってきて、汗に混じって石鹸だかシャンプーたかのいい匂いまでして……駄目だ、気を抜いたら脳が溶けそうになる。
このままだとかなりまずいかもしれない。
耳朶にかかる吐息の熱さに身悶えしそうになるのをぐっと堪えて、春輝は極力声を抑えてオレリアへと話しかけた。
「……おい」
「み……見つかりましたの?」
「そうじゃなくて……もうちょっと静かにしてくれ。
喘いだりしないで」
「喘……そんなことしてませんわよっ。
それに……こうも密着されると少し苦しいですわ」
「それは、悪い。
……けど、お前……」




