四話・8
とはいえ、基本的には暇すぎる任務で、何度気合いを入れてもすぐにだらけそうになってしまった。
でもそれも仕方ないよなぁ。
何の代わり映えも無い風景を二十分見続けて、その後の見回りタイムも何事もないし。
どうせなら見る人を楽しませる仕掛けでもあればいいのに。
カラフルにライトアップされるとか花火あげるとか、もしくは変形合体するとか。
不審人物も入って来れないだろうし、万々歳なナイスプランだよ。
うん、我ながらアホらしい。
そんな益体もないことを考えて少しでも退屈を紛らわせながら、本日六度目の巡回をしようと、春輝は腰を上げ、
「……ん?」
女子寮の一つ、西欧風の城。
その裏口の辺りで、何か動くものがあった気がした。
「人影……?」
そんな気がした。
けど、犯人だとしたらいつの間に女子寮まで近付いたんだ?
見落としていたってことは無いと思うし、正面側にも見張りはいる。
向こうの人員が見逃していたのが裏口から出て来たっていうのか?
俄に背筋に緊張が走るけど、どうにも腑に落ちない。
入り口は常に三班以上が見張っているのに、それに気付かれずに侵入するなんて。
どこの凄腕だ、その変態は。
そんなのが盗撮に燃える変態野郎って、色んな意味で人生を間違えてるだろ。
春輝は呆れて解けそうになる緊張をなんとか維持して、目を凝らして真っ直ぐに何かが蠢いたはずの地点を観察する。
念の為、ベンチとツツジの群生に挟まれる形で、向こうから見つけられないようにと慎重に。
なるべく身動ぎしないようにと気を付けて。
闇の中を凝視していると、また何かが動くのが見えた。
さっきよりもこっちに近い。
どうやら堂々と、舗装された道を歩いているようだつた。
どれだけ度胸の捻くれまがった野郎なんだと、じっと凝視して姿を見極めようとして……
遠目とはいえ、外灯の下に照らされたその姿を、春輝は見た。
そして、がっくりと項垂れた。
「……何やってんだ、あいつは」
闇の中に溶けきらず強く自己主張をしている深紅のホルターネックドレス。
服と夜の空気に浮かび上がるように白い、露出した素肌。
胸元に小さく金色に光るものがあるのは、ネックレスでもしているのか。
そして、相変わらずに見事にくるくると渦巻く、長い金色の髪。
それは、どこからどう見てもオレリアだった。
盗撮犯かと思ったら、ただの不審なお嬢様だった、と。
こんな、もう深夜も一時を回った時間に何やってるんだ、あのドリル。
密会……っていうには、ここは男が少なすぎるか。
従育科は出払っていて、上育科にはあのナルシスト馬鹿しかいない。
ある意味お似合いの二人だけど、羽柴清司郎こと大吉が住む男子寮はこっち側には無いから、逢い引きならもっと違う場所を選ぶだろうし。
そんなことを考えている間にも、オレリアはずんずん歩いて、どんどん姿は近付いて来る。
どうしたもんか……と悩んだのは十秒足らずで、春輝はやれやれと頭を掻いて立ち上がった。
そして、そろそろ花園の外周部に辿り着こうかという辺りに来ていたオレリアへ、呆れを多分に含ませて言ってやる。
「……おい、何やってんだよ」
「ッ!?
だ、誰ですのっ?!」
「いや俺だけど」
こっちは暗がりにいるので、向こうからはちゃんと見えないらしい。
そりゃあそうだ、じゃないと隠れている意味がない。
姿を見せてやるべく、春輝は少し噴水側へと場所を移して明かりの下に出た。
と、ギギュッと身を縮ませるように両腕を胸に引き寄せていたオレリアが、警戒を解いたように腕を下ろして息を吐いた。
「……貴方でしたの。
そんな所に隠れて、やっぱり貴方が盗撮の犯人だったのではなくて?」
「んなこと言ったら従育科全員が盗撮犯だ。
皆こうして隠れて、犯人が忍び込んで来るのを見張ってんだからよ」
たぶん、というかまず間違いなくオレリアは動揺して適当なことを口走っているだけだろうから「知ってますわよそんなことっ!」と生意気な返しをするのも軽く流す。
問題はそんなことじゃなくて、もっと根本的なことだ。
「……んで、どうしてお前はこんな時間に外に出てんだよ?
深夜に徘徊する癖でもあんのか、お前」
「そんなことありませんわよっ!」
カッと怒りを表情に滲ませて、オレリアは叫んだ。
「この手で犯人を捕まえ、ねじ伏せる為ですわっ!
決まっているでしょう!」
決まっているのか、それは。
あー、なんだろう。
頭痛が。
こめかみが引きつるような頭痛が。
誰か常識がまるで食い違っている相手との明快な意志疎通の仕方を教えてくれ。
もしくはあの女に一般的な思考形態を持たせてやってくれ。
「分かった、とりあえずこっちに来い。
そんな目立つ行動されたら俺らの仕事が全否定される」
「む……分かりましたわ、従います。
ありがたく思いなさい」
「あーあー、いいから来い」
いちいち付き合うのは面倒だから適当に返すと、オレリアは何やらぶちぶちと文句を言いながら花園へと入って来る。
やがて生け垣の合間を縫って嗔水の側まで来ると、オレリアは右手を腰に当てて、
「それで、成果はどうなっていますの?
まだ犯人は捕まっていないようですけど」
「そりゃあなぁ。
完璧に向こうの出方待ちだから、敵さんがその気になってここに入り込んでくれないと、どうにもならねえって」
「フン……役に立ちませんわね」
「んなこと言ったらここのスタッフが可哀相だろ。
警備部の連中、だいぶ絞られたらしいぞ。
汚名返上に燃えているって話だ」
まあ、燃えなくても十分に凄いセキュリティなんだけど。
正門を含め、ラベールブロンシュの敷地を囲む外壁は高さ十メートル以上、塀の上には赤外線センサーが設置されている。
おまけに壁の前にはガードマンが立っていて、それなのに誰にも気付かれることなく突破するんだから、並大抵のスキルじゃない。
深閑の読みだと単独犯らしいから、一人でラベールブロンシュを敵に回す度胸も凄い。
ただし変態。
超変態。
だからまあ、そう簡単にはいかないはずだ。
そもそも次の侵人があるのかさえ分からないんだし。
そんなわけで、こんな特別授業はさっさと見切りをつけて終えてしまって欲しい。
睡眠時間が削られるのは本気で痛い。
成長期なのに、しかもここ数ヶ月あんまり身長が伸びていない気がするのに。
人は夜寝てる間に背が伸びるんだから、寝かせて欲しい。
けど、せっかく悠々と眠れる身分なのに無駄にやる気に満ちている奴もいる……と。
難儀な奴だな、本当に。




