四話・6
「……で、夜に集合ってわけ?」
「そういうことだ」
一通り状況を教えてやると、朱音は興味深そうに俯き加減で微笑んだ。
あれは何か企んでいる顔だろうけど、下手に突くととばっちりを食らいそうなので、まだ何も言わないでおく。
しかし……ここは噂が回るのが早いな、本当に。
昼休み終了間際に理事長室から解放されて、そのまま昼飯抜きで午後の授業を受けることになった春輝だったが、従育科が真面目に座学の授業を受けている間に、暇人の多い上育科の生徒達の間であっという間に盗撮の件が広まったらしい。
そしていち早く、授業終了と同時に教室へ入って来て詳しい事情を聞きたがったのが、この腹黒幼馴染みなわけだ。
「うんうん、想像以上に面白いことになっているみたいね。
いいことだわ」
「どこがだよ。
こんな所に連れて来てまで訊くようなネタか?」
「当たり前じゃない。
情報交換といえば密室か生徒会室、それに屋上っていうのが相場よ」
「どこの相場だ。
値崩れして大打撃受けて消えてなくなればいい」
投げやりに言って、春輝は屋上の手摺りに肘をかけてため息を吐いた。
朱音も一応ここに通うお嬢様だから、盗撮の被害に巡う可能性は少なくないと考えてちゃんと教えてやったけど明らかに楽しんでやがる。
言うべきじゃなかったか、これは。
こっそり春輝が後悔していると、少しの間唇に指を添えて何かを考える様な顔をしていた朱音がふと顔を上げて、
「それで、深閑先生の見解は?
犯人の目星とか言ってなかった?」
「さっきもちらっと言ったけど、夜に侵入したみたいだぜ。
規模のしょぼさと営利目的じゃなさそうってことで、恐らくは単独犯だってよ。
どうやってここのセキュリティを突破しているのかは不明だけど、妙な電波が断続的に出ていれば間違いなく探知出来ていたはずだから、盗撮写真はマイクロカメラを使って撮られた可能性が高い。
んで、それを設置と回収で少なくとも二回は侵入している。
流石に校舎には入れなかったようだけどまあ敷地内に入ったってだけて十分な脅威だよな」
「うん、それで?」
「あーっと、後は……消去法でいくと、ここの教師の可能性は低いってよ。
生徒も同じく。
まあそうだな、わざわざここの品位を落とそうなんて考える教師や生徒はいないだろうし、そうだとしたら選んだのがショボいエロ雑誌っていうのはお粗末過ぎる。
ネットや大手雑誌やその辺を使っただろ。
それと出入りしている業者関係も除外。
雇う前に審査はしているし、ここでそんな不祥事起こしたら出入り禁止になるだけじゃなくて倒産はほぼ確定だ。
リスクばっかでリターンがまるでない」
「つまり、物好きな外部からの侵入者……って落ち着いたのね?」
「みたいだ。
俺には七割方しか理解出来なかったけども」
理路整然と説明されたけど、何がどうしてそういう理屈になるのか分からなかった部分が多少ある。
いや決して自分の頭が悪いわけじゃなくて、あんな風にズバズバと仮説を立てては打ち消して証明とかやられても、常人はついていけないって。
他の生徒はいつも通り無駄口を叩かなかったけど、あれは絶対分かっていなかったに違いない。
「そんなわけで従育科の生徒は夜の十時から深夜二時まで見回りだってよ。
おかげで今日は授業で走り回らずに済んだけど」
「……そっか、 なるほどね。
つまり深閑先生も掴めていないのね」
「あ?
掴むって、何をだ?」
「決まってるじゃない、犯人よ」
「まあそう簡単に分かるもんじゃないだろ」
むしろあんな少ない情報からそこまでプロファイリングしてみせただけで凄いと、春輝は感心したくらいだ。
ただ、違和感というか妙な引っかかりを覚えたけど、具体的に何か思いついた訳でもないので放っておいた。
ま、どうせ自分達が夜間警備の実践授業をするのは変わりないんだ。
あれこれ考えてないで、やれることをやるだけってことで。
そんな風に自分の中で区切りをつけていると、裏門の方から運搬業者が入って来るのが見える。
流石にラベールブロンシュ御用達ってだけあって、どの業者も時間に正確で搬入時間をキチッと守ると壬卦が言っていた。
「それじゃ、俺は部屋に戻る。
一眠りしておかないと、後がキツいし」
「ええ、頑張って。
報われないかもしれないけど、これも訓練だもんね?」
「あー、そうだな。
出来れば報われて欲しいけど」
「そうね、そうなるといいね」
屋上から去ろうと歩き出していた春輝は、朱音の言葉を背に受けながら校舎の中へと続くドアに手を伸ばし……ふと気になって、ドアノブを握る直前で動きを止めた。
振り返ってみると、朱音はこっちを向いていない。
だから背中しか見えないし、表情を窺い知ることが出来なかった。
でも、さっきの言葉は素直に賛同してくれたと受け取るには、何かが違った気がした。
いやまあそんなの気のせいだって言われればそれまでの、確証も無ければ確信すらない、
思いつきに近い感覚だけど。
しかしあの背中はやっぱりなんか企んでいるような……
理由があるとすれば、朱音の後ろ姿がやけに楽しそうに映るからだ。
顔は見えないし鼻歌を歌っているわけでもないのに、どうしてそんな風に見えるのかが自分でも分からないけど、あれは何かを期待しているに違いない。
そして、あの幼馴染みにとって楽しいことが、自分にとってはまるで楽しくない事である可能性が高いことを、春輝は知っている。
一体何を企んでいるのか、朱音に問い質そうかと思い止めた。
下手に突けば毒蛇でも出て来そうだ、触らぬ神に祟り無し、と。
何となく胸の前で十字を切って、ドアを開けて校舎内へと戻ることにする。
重い鉄製のドアが音を立てて閉まるのを階段を降りつつ聞きながら、春輝は朱音がいる辺りを見上げて、呟いた。
「……頼むから面倒なことになりませんように」
困った時の神頼みじゃあ遅すぎるから、前倒しで。




