四話・5
ラベールブロンシュでここまて見事なドリルを持っている人間は他にいないだろうし。
というか、金髪でドリルスタイルだなんて、日本中を探してもこいつしかいないかもしれないし。
つまり、オレリアの奴が呼ばれたのは、
「どうにか判別出来た生徒がこいつだけだったから、盗撮された覚えとか怪しいヤツを見なかったかとか訊こうと思ったわけか」
「その通りです。
どうですか、グランヴィルさん。
この写真は場所の特定は難しいでしょうが、どうやら平日の昼間のようです。
些細なことでも構いません、何か気がついたことがあれば教えて下さい」
生徒相手とはいえ丁重な質問をする深閑に対し、オレリアはというと……
「フッ……フフ、フ、フッ……」
俯いたまま、なんだか妙な笑い声を漏らしていた。
いやその笑い方、かなり怖いって。
前髪で目が隠れているし、肩も震えてるし。
何の前触れだ、それは。
すぐ横にいる身としてはさっさと退避したくなる。
ならどうして動かずにいるのかと言えば、簡単だ。
春輝の雑誌を持っている右手の、手首。
それをオレリアが力強く掴んでいた。
急加速で強まっていくその握力に、そろそろ維誌を持つのも辛くなってきた頃、
「抹殺ですわ!!!」
大声と共に跳ね上げられたオレリアの顔は、くわっ、と目が見開かれていた。
春輝は思わずその剣幕にビビって腰が引けそうになる。
すっごく逃げたいけど……くそ、手首を掴まれていて動けない、細っこい体している癖に何なんだよその握力は石でも握り潰す気かよ。
「抹殺ですわ滅殺ですわああもう何でもいいから死刑ですわっ!
こんなっ、こんな恥辱を受けて黙っていられませんわ!
何としてでも犯人を捜し出し、馬に引かせて市中を引きずり回し、串刺しのまま路上に晒してくれますわよ!
それとも磔にして火炙りに、もしくは鋼鉄の処女に抱かれたままテムズ河に沈めるか、さもなくばこの怒りは収まりませんわよっ!!」
「……」
怖ぁ。
あの細い喉と薄い腹からどうしてそんなでかい声が出るんだと春輝が頬を引きつらせていると、オレリアは怒りを撒き散らすように春輝の持っていた雑誌を奪い取り、
「このっ、出版社も!
即刻潰して差し上げましてよ!
この忌まわしい雑誌に関わった者全てにそれ相応の報いを受けてもらいますわっ!
このっ」
悪鬼羅刹だって裸足で逃げ出すような勢いのまま、オレリアは雑誌を床に叩きつけ、それを力強く踏みつけた。
「この雜誌も、回収し次第全て燃やし尽くしてやらなくては……!
いえでもそれでは既に見てしまった輩の記憶には残ってしまいますわね……ならばいっそ、該当者全員を搔き集めて洗脳を」
「いや落ち着けって」
可哀相に、雑誌はもうボロクズのようになっていた。
あーあ、勿体ないことを……なんて言ったら確実に死ねそうなので静かに黙祷していると、青い目がギラリとこちらを捉え、
「そうですわね……まずは貴方の記憶から消し去りましょう。
ええそうですわそうしましょう。
銀の燭台で二十も叩けば、出来の悪い頭からここ数日の記憶くらい漏れ出すに決まっていますわ。
今すぐにでも」
「いやだから落ち着けって。
さっきから言動がえぐいぞお前」
「落ち着けるはずがないでしょうっ?!
この私がっ、誇り高きグランヴィル家の娘がっ、よりにもよって盗撮されたんですのよ!?」
「だからってそこまで人に迷惑かけるなっての」
犯人や編集部は、こんなことになったらもう仕方ない、責任は取るべきだろ。
けど一般読者にまで手を掛けるって、どれだけの手間と労力をかけて被害を撒き散らすつもりなんだ、この金髪ドリルは。
放っておけば確実にやるだろうし……しかもその筆頭が自分で。
勘弁してくれ、マジで。
「よく見ろ!
って、もう無理か。
ともかく、顔は映ってないだろ。
あれじゃ普通は誰だか分かりゃしないって。
それに一咋日発売されたばっかなんだろ?
見た人数だって大したことないだろうし、そっちは放っておけよ」
「そうですね、捨て置くのが良いでしょう」
賛同してくれたのは深閑で、この状況にも全く動じていないらしく無表情のまま続けて、
「冷静に、グランヴィルさん。
小規模な出版社の発行部数の少ない雑誌だったからこそ、このような不手際を許したのです。
不幸中の幸いと言ってもいいレベルで被害は抑えられるはずです」
「ですけどっ、」
「勿論、早急に手は打ちます。
ラベールブロンシュの威信に掛けて、必ず犯人は捕まえます。
二度目はありません」
「ッ……」
すらすらと先手を打つような会話運びをされて、オレリアは口惜しそうに唇を噛み締めたものの、それ以上喚き散らすことはなかった。
いやいや、流石。
『冷凍ミカン』なんていかにもな香取作成のあだ名は伊達じゃない。
敵も味方も見事に凍り付かせて黙らせる、液体窒素並みの効力を持つ女。
奥の方で椅子の背もたれにしがみついて半泣き状態の理事長とは段違いの存在感だ。
……あんなんが理事長で本当に大丈夫か、ラベールブロンシュ。
「ラベールブロンシュの警備体制から考えるに、白昼の侵入はあり得ません。
侵入はセンサー類に防犯を預けた夜間とみてほぼ間違いないでしょう」
そう言ったのは、理事長のボンクラっぷりを好フォローするメイド教師だ。
「ですから手始めに、本日夜間から従育科特別授業を行います。
目的は勿論、盗撮犯を召し捕らえること。
本来ならば周辺警備を強化したいところですが、それでは犯人が寄り付かなくなる可能性が高いため、捕獲を目的とする以上は誘い込む形を取ります。
今日明日には結果が出せますと言えるほど簡単にはいかないでしょう。
しかし、犯人を捕まえる。
これは絶対です。
それがラベールブロンシュの敷地の中か外かは問いませんが、それだけは絶対です。
グランヴィルさん、貴方の目の前に彼の者を連れて来ることを約束しましょう」
そう言って……深々と、一礼。
そこまでされてギャーギャー喚ける人間がいるはずもなく、オレリアもついに怒りを収めることこしたらしい。
良かった良かった、と春輝は心の底から喜んだ。
なにしろずっと手首が痛くて、このままだと血が通わなくなって壊死とかするんじゃないだろーか、とこっそり心配していたもんだから。
これで一安心だ。
夜に何やら面倒なことをやらされそうな気がするけど、それは先のことだから後々考えればいい。
とりあえず今は、まだ不満を燻らせているらしくふくれ気味のオレリアが無茶を押し通そうとしなかったことを喜ぼう。
それはそれとして、
「なあ、おい」
「何ですの?
今は少し気が立っていますの、無駄口を叩くのなら容赦しませんわよ」
「いや、こっちもあんまり言いたくはないんだけどよ。
いつまで手、握ってるんだ?」
「ん?」
ありがたい指摘に、オレリアはしばし目をパチクリさせながら自分の手と握っている手を見つめて……
「……あっ?!
こっ、手、ずっと……!?」
パッと、我に返ったように手を離した。
頬まで赤らめやがって、なんだその反応は。
やれやれと、しっかり指の痕がついている手首を擦る春輝とはまるで正反対に、落ち着きなんて言葉はどこかに置き忘れてきましたと言わんばかりに狼狽しまくるオレリア。
こいつは一日に何度沸騰すれば気が済むんだ。
このままだと高血圧で早死にするんじゃないだろーか。
このままもう元には戻らないんじゃないかというくらい赤くなったオレリアはぶんぶんと右手を振り回して、
「ぃ、いっ、いつまで私の手を離さないつもりでしたのっ、この不埒者!!」
「……、まあなんだ、いつまでも離さなかったのはお前の方なんだけどな」
「な、ん……ッ、黙りなさいっ!!!」
相変わらず理不尽な。
まあ、ついていけないから黙るけど。
何がそんなに頭にくるのか、やっぱドリルな人の思考は理解するのが難しいなー、と諦めに近い感想を抱きながら、春輝は痛む手首をぷらぷらと揺らし、ため息を吐いた。
さて、どうなることやら。




