四話・4
都の戯言は無視して思い返してみても、春輝にはそれらしい記憶は無い。
ラベールブロンシュに入るに当たって資料請求や知人に話を聞いたりはしたものの、盗撮なんてアンダーグラウンドな話題が出た覚えはないはずだ。
編入が決まって、同じ寮に住んでいた男共には散々羨ましがられたけど、それは関係ないだろうし。
「……悪いけど、それらしい話は知らない。
つーか、俺じゃなくて出版社に問い合わせるべきなんじゃないか?
ほら、ここに『ペンネーム・スネーク少佐からの投稿です!』ってあるし。
これってモロに犯罪なんだから、出版社か編集部に間い合わせすれば……」
「勿論、問い合わせました。
しかし本名も住所も書かれていない封筒に、ペンネームとどこの学校で撮ったものかということだけ書かれた紙と写真だけが入っていた、と」
そう言うと、珍しいことに深閑は僅かに眉間に皺を寄せて、
「既にここの雑誌は店頭に並んでいますが、回収を進めています。
しかしインターネットでは広まりつつあり、写真がアップロードされているとも」
「でも、だからこそわたしが知ることも出来たわけですよねー」
何故か誇らしげに腰に手を当てて、都が立ち上がっていた。
「今朝、いつものように巡回サイトを見に行ったところ、この雑誌のことが書かれていたんですよー。
しかも『これは身内の犯行だろ』とか『男子生徒の受け入れしたっていうから、それじゃね?』って論議になっていて。
だからわたし、編入したばかりの春輝さんが犯人だと思って、すぐにハイヤーを出してもらってこれを買って来たんです!
本屋さんにあった分は、可愛い生徒さんの痴態が誰かの目に触れるのを防ごうと、とりあえず買い占めて!
もう、すっごく恥ずかしかったんですからねー」
つまり、自分で買いに行ったのか?
このエロ雑誌を?
しかも買い占め?
ハイヤーなんて目立ちそうな車に乗って?
女性の身で?
しかも、ラベールブロンシュの理事長さんが?
そっちの方がよっぽどゴシップのネタになりそうな気がするんだけど、それは大丈夫なのか?
あと、やっぱり犯人扱いされてるし。
こっちの疑念と心配をちっとも気にしてない都は『褒めて褒めてー』と言わんばかりに得意気な顔を向けているけどそっちにいるのは非情なメイド教師だ。
「理事長の浅薄な行動と、就業時間中にインターネットを使い遊んでいたという件は、ひとまず置いておきます。
理事長、後でお時間を」
あーやっぱり、という感じて深閑が絶対零度の迫力で都を睨み付けていた。
それを浴びて間抜けな理事長はガタガタと震えて着席、額に脂汗を浮かべてじっと自分の膝を見つめるように俯くという、なんとも分かりやすいビビリ方をしている。
同じように睨まれることの多い香取の奴に言わせると、あの冷凍視線は精神にまで差し込んでくるらしい。
傍目からでも威力の程は十二分に伝わってくるし、やっぱりあの女教師には逆らわないようにしよう。
くわばらくわばら、と胸中で唱えながら春輝はもう一度誌面に視線を落とし……
「……ん?」
ちょっと気になるモノが、ある、ような……
目の錯覚かなー、と思いながらもよく見てみると……うん、残念なことに見間違いじゃなさそうだ。
珍妙な事実に、頭が痛いっつーか脳がくらくらする。
空いた手でこめかみを撫でさすりながら、春輝は雑誌を深閑へと突きだして、
「なあ、この写真の隅っこに映っているヤツ。
これも。
これにもだ」
「ええ、確認済みです。
上育科一年の羽柴さんですね」
鉄面皮を崩さないまま頷かれた。
写真の隅、小さいながらも映っているのは、どう見てもハッピー野郎こと羽柴大吉だ。
白いヒラヒラの服を着て、明らかにカメラ目線でポーズを決めている、馬鹿丸出しのヤツが映っている。
それも三枚も。
「こいつに聞けば分かるんじゃないか?
絶対にカメラに気付いてるだろ、これ」
「残念ながら、訊いてみたところ羽柴さんは無自覚だそうです。
『映り映えには自信があるがどこで撮られたのかは記憶にない』、と」
「こんな明らかにポーズ決めて、複数枚映っているのにかよ?」
「あはは、それはもう羽柴さんですからねー。
仕方ないですよー」
軽く笑っての都の言葉は、なんっつーか、もう頷くしかない。
まあ、役立たずのナルシストは置いておくとして。
自分が呼ばれた理由は分かった。
けど、呼び出されたのはもう一人いる。
さっきから苛々と、腕組みしたまま人差し指で二の腕を忙しなく叩いていたオレリアは、我慢できないという感じで口を開き、
「……それで、この私がこの場にいる理由は何ですの?
お昼もまだですのに……まあ、上育科を代表して呼ばれたというのであれば、仕方のないことですけど」
「代表ってお前、確か首席は朱音だろ?
自意識過剰は良くないぞ」
「喧しいですわこの愚民っ!
いいからさっさと私を呼んだ理由を述べなさいな!」
後のセリフは深閑に向けられたものだが……凄いな、こいつ。
深閑相手にこんな口を利けるだなんて、プライドだけは本当に凄いかもしれない。
けど、プライドというなら深閑の方も凄い。
いくら上育科のお嬢様とはいえ生徒にこうもえらそうに言われながら、怒りもしないし卑屈にもならず、全く表情を変えない。
ただオレリアを嗜めるような視線を送ると、
「兵頭さん。
雑誌の、次のページを捲って下さい」
「次?
いいけど」
「そして、それをグランヴィルさんに」
言われるがままにページを捲って、オレリアが見やすいように雑誌を傾けて、その最中に、春輝は理解した。
ああ、そういうことだったのか。
呼ばれた理由はシンプルで、一目瞭然なものだったわけだ。
深閑があえて語らずに誌面を見せるように言ったのは、こっちの方が分かりやすいからか。
百聞は一見に如かずとは、昔の人は上手いこと言ったもんだと感心したくなる。
現に雑誌へと目をやったオレリアは、不満を主張していたぶすっとした表情を一変させたし。
カッと目を開いて、白い肌を茹でタコのように首筋まで真っ赤に染めて、わなわなと小さな唇を震わせて、
「なっ、何ですの、これはっ!!」
そして予想通りの大声。
まあ、仕方ないか。
同情の余地は多分にあるし。
見開きで掲載された四枚の写真。
その中で一番大きく扱われている写真は、やっぱり下からのアングルたった。
被写体がラベールブロンシュの制服を着ていて、スラリと足が長くて、どんな下着を穿いているかもバッチリ分かってしまう一枚で、顔は映っていない。
胸の辺りまでだ。
けど、腰付近まである円錐形にセットされた金色の髪という、どうにも印象的なものが映っていた。
「どう見てもこれ、 お前だよなあ」




