四話・2
「……」
「どうぞ」
「……え、ええ……」
こっちを見る目が不審者を見るそれなのがちょっとばかり気に食わないが、そんなことに気を取られていられない。
オレリアが座るタイミングに合わせて慎重に椅子を押し込み、 彼女の手間を省く。
続いて楊も同様に接待。
それから二人に向けて小さくお辞儀して、春輝はグラスと水の準備に取りかかる。
油断すると頬が緩みそうになるくらい、練習の成果が出ていることが素直に嬉しい。
こう、『俺ってやっぱやれば出来るんだなー』って気になるし、従育科の授業は地獄の肉体改造を強いるかのようなトレーニングばかりでこういった執事っぽいことはやっていないから、新鮮味も強い。
いやまあ、執事というかどこぞの店員って感じもするけど、それでもだ。
予め準備しておいたグラスを手早くテーブルにセッティングして、そこにミネラルウォーターを注ぐ。
このグラス一つで普通の高校生の小遣いなら数ヶ月分は飛ぶ額っていうのにちょっとビビるけど、同じく従育科の鳳凰寺は早くも割ったグラスの数が二桁だそうな。
色んな意味で恐ろしい奴だ。
ともあれ、鳳凰寺のように水を溢すことも手を滑らせてグラスをぶん投げてしまうことも無く、滞りなく注水は完了。
ここまでは上出来だ。
練習の成果が出ているし、この調子ならいけるはず。
自分の状態を確認して、春輝は第二ラウンドに突入するべく、注文取りをしようとして……そこでようやく、金色の長い髪をドリル型にセットしたお嬢が、苛々と目を吊り上げていることに気がついた。
「なんだよ?」
「なんだよ、じゃありませんわっ!」
思わず素で訊いてしまうと、返って来たのは怒りを滲ませた声だった。
怒鳴る、という程ではないにしろ、なかなかの迫力。
おまけにテーブルクロスを握り締めて……このドリル、客とはいえなんてことを。
折角人が綺麗にセットしたってのに、どうしてこんな無体な真似を……くそ、職務中だから文句言えないし不機嫌な顔も出来やしない。
「貴方、何様ですのっ?!」
「いや、ウエイターのつもりですが」
「そうでしょう!?
それで私は何ですの?!」
「客」
「そうですわっ!」
今度は強く、テーブルを平手で叩いた。
造りがしっかりしたアンティークとはいえ、年代物に対する扱いがなってないぞ、このお嬢。
同席している友人の楊も、ドリルの怒りポイントは分からない要す。
眼鏡のレンズ越しに細い目をしきりにパチクリさせていた。
どうしたもんだかと思いながら、春輝はとりあえず、
「……何か気に障ることでもしましたでしょうか?」
接客の最中なので、丁寧に訊いてみた。
本当なら『何キレてんだよ金髪ドリル』と言いたい。
……が、当の金髪ドリルは怒りを増したように歯を剥いて、
「その態度ですわっ!」
「どこか不手際がありましたか?」
「違いますわよっ!
今日こそは庶民の貴方に立場の違いを知らしめて差し上げようと思って来ましたのに、どうして何事もなく給仕をこなすんですの?!」
「……はい?」
予想外というか、耳と脳の回線界常を疑いたくなるようなことを言われてしまった。
これは、ええと?
あのドリルは何を言ってんだ?
……まあ、うん、ハイソな育ちで頭にドリルを装備するような人間の思考回路なんて理解出来ないのは仕方ないけど……そんな理解不能なドリルが大事な大事な初めての客って。
どんな罰ゲームだよ、これは。
春輝はどうしたもんかとタイを弄り、
「……で、何が不満なのでしょうか?」
「だからっ、その態度!」
オレリアは今にもハンカチを取り出して口に咥えだしそうな勢いで、
「私が身分相応に上からの立場で物を言うのに対して貴方が悔しがるのが筋のはずでしょう?!
なのに何ですの、その腑抜けた順応っぷりは!
クレームをつけようにも無難にこなされて、それすら出来ないだなんてこれはどういうことですのっ!?」
「どういうことって……ウエイターだからだろ。
仕事ならちゃんとやるっての」
あまりにも理不尽なことを言いやがるので言葉遣いを戻して返すと、オレリアはますます顔を赤くして、
「どうして下の立場の貴方がイニシアチブを握って私が翻弄されなければならないんですの!?
こ、こんなの詐欺ですわ!
私の完璧な計画が、粗野な平民に屈従の喜びを教えて差し上げる予定が……台無しですわっ!」
「それこそ知るか。
あー、ちなみに今日のお奨めランチは四川風にアレンジを利かせたパエリアとミラノ風サンドイッチだ。
もうそれでいいからさくっと注文しろよ」
「誰がオススメメニューを訊きましてっ!?,
それにどうしてこの私がウエイターに命令されなくてはならないんですのよっ!?
命令するのは私の方ですのに、それに、その言葉遣いっ!」
「ああ、これは失礼を。
ですがなるべく早く注文をお願いします。
余り悠長になされていますと時間が無くなり、飢えた犬のような速度で召し上がらなければならなくなりますので」
「貴方っ、もしかして私を馬鹿にしてますのっ!?」
あ、バレた。
途中からドリルの空回りっぷりが面白くなってきたから火に油を注いでみたけど、流石にバレるか。
まあでも、だからって止めるつもりはまるでない。
「馬鹿にしてるだなんて、んなわけないだろ。
俺はウエイターでお前は客なんだ、立場は明確だろーが」
「そっ、そうですわよ!
私が上っ、貴方が下!」
「だろう。
ほら、折角だから命令していいぞ。
仕方ないから聞き分けてやるよ」
「ならば今すぐ私の足下に跪いて靴先に無礼を詫びる接吻をなさいっ!」
「するか馬鹿」
あっさりと却下してやると、オレリアは、もうこれでもかっていうくらい悔しげに歯を食い縛って、熊でも逃げ出しそうな勢いで睨んできた。
けど春輝はそれを怖いとは思わない。
……というか、むしろ面白い。
ああ、なんか朱音の気持ちがほんの少し分かる気がする。
自分の思い通りに、或いはそれ以上に面白いリアクションをしてくれる相手をからかうのは、なんて楽しいんだろう。
ヤバイ病みつきになりそうだ、これ。
今凄く朱音の気持ちが分かる気がするよ。
駄目だ駄目だ、これ以上は人として進んじゃいけない、踏み止まらないと。
まあ、そうはいっても。
「く……屈辱っ……この私を……誉れ高きグランヴィル家の人間をまたしても、またしてもドリル扱いした挙げ句、弄ぶだなんてっ……!」
「あ……あのオレリア……?」
怒りが燃え盛っている金髪ドリル。
おろおろするばかりの背高の中華娘。
どうすりゃいいんだっていう感じでカオスが渦巻いていて……ヤバいな、やりすぎた。
つぅ……と頬を冷や汗が伝い、春輝は笑みを強張らせて失態を悟った。
そして怒髪天を衝いたオレリアは、ついにといった感じで勢いよく立ち上がり、そのまま飛び掛からんと身を飜して……
『……生徒の呼び出しをします。
高等部一年上育科オレリア・紫苑・グランヴィルさん、同じく高等部一年従育科兵頭春輝さん、すぐに理事長室まで来て下さい。
繰り返します、生徒の呼び出しをします』
抜群のタイミングで横槍を入れたスピーカーを通して食堂に流れる放送に、春輝は目をパチクリと瞬かせた。
どうして自分が呼ばれたのか、まるで分からない。
いや自分だけならまだしも、このドリルと一緒に。
見れば殺気を纏って襲いかかろうとしていたオレリアも、こっちと似たような表情で肩透かしを食らっている。
「……どうなってんだ?」
「……どうなっていますの?」
似たような感じで翡翠色の瞳を瞬かせているオレリアと顔を合わせるも、やっぱり答えは分からなかった。




