三話・16
化粧落としと歯磨きの完了を以て、藤條朱音の一日は終了となる。
同性が見てもすぐにそうとは気付かれない程に薄く部分的な化粧とはいえ、放っておくと確実に肌へダメージを与える。
一年後、二年後はともかくとして、五年後、十年後が怖い。
なので化粧を落とし、歯磨きをして、美肌効果のある石鹸で顔を洗って……それでようやく、一日の仕事が終わる。
後はもうベッドに入って眠るだけ。
肩肘を張ってお嬢様方と対等に戦う時間は終わりだ。
夜の十一時前という就寝時間は高校生にしては早いと自分でも思っているし、見たいテレビも色々とあるが、朝とは別の意味でぐったりとしてしまうくらい疲れていることが多いので、さっさとベッドに潜り込んでゆっくりしたい気持ちが勝ってしまうのだ。
今日もニュース番組を見終えた後、朱音はさっさとテレビを消してベッドに入り……しかしすぐには目を閉じず、一日の出来事を思い出していた。
思い出すと気が滅入ることばかりなので、普段は無心で寝に入るところなのだが、ここ数日は違う。
朝に比べ寝る前の方が元気なくらい、精神的に楽になっているのを自覚する。
それもこれも、春輝が来てくれたおかげだ。
ラベールブロンシュの常識を知らず、当たり前の反発をして、不良っぽく振る舞っている癖に笑える事態に巻き込まれて、本当に面白い。
昔の自分を知る彼が編入してきた時はこの世の終わりかと思うくらい動転したが、今となってはいいストレスの捌け口だ。
お嬢ぶらずに接することが出来るのは嬉しいし、からかい甲斐のあるところが申し分ない。
それに、あのオレリアの反応と来たら。
保健室での一件なんて、まるで……
「ふふっ」
思わず笑い声を漏らしてしまったが、仕方ない。
あの組み合わせは反則過ぎる。
生まれも育ちもお嬢様のオレリアが、強烈に春輝のことを意識している。
今まではライバル視されていた自分が因縁をつけられたり勝負を挑まれたりしてきたが、これからはその半分くらいは春輝へ行くのだろう。
まあ、意識していると言っても、まだ好意には程遠い感情の気がする。
春輝の方はオレリアの良さと面倒なところを理解しつつあるようだけれど、ラベールブロンシュでの生活に一杯一杯で、恋愛感情を育むだけの余裕なんてないだろう。
だからこそ、あの二人を絡ませるのは面白い。
朱音はそう考えて、今後の展開を練りに入る。
同じクラスなんだから、衝突させるのはそれなりに簡単だろう。
五月の従育科試験は終わってしまったけれど、六月の試験もそれほど遠くない。
そこで組ませれば、少なくとも見ていて退屈しない結果になるはずだ。
夏休みになれば旅行がある。
秋には文化祭がある。
それ以外にもイベントは盛り沢山で、二人を絡ませる機会はいくらでもある。
その過程で、もしオレリアが春輝に恋愛感情を抱いたり、逆に春輝の方がオレリアに本気になったり、或いは大穴で付き合ってしまうようなことになれば……
……。
…………。
……………………。
「……あれ?」
楽しい楽しい想像をしていたのに、妙に気持ちが醒めてしまった。
朱音はそれを不思議に思い……まあいいか、と寝返りを打つ。
きっと、そこまではいかないだろう。
二人が……だなんて。
でも、面白くはなるはずだ。
「……うん、楽しみね」
呟いて、朱音は瞼を閉じた。
胸にあるもやもやとした捉えようのない感情は、寝て起きてしまえば消えているだろうと思いながら。




