三話・8
小学生くらいの時、バラエティ番組で『甲冑を着たまま泳いでみよう!』といって戦国時代の人に倣い芸人が挑戦する企画があった気がするが、その時に見た泳ぎ方に似ているように感じる。
あいつはどこの時代の人間なんだろう。
ぼんやりとそんな感想を抱いていると、
「倉木なあ。
アレは無理や、協調性っちゅうもんがないねん。
それに休憩せんでもまだまだ持つやろうし。
背の丈はミケよりちっこいのに、なんかおかしいわ。
背中にニトロでも積んでるんとちゃうか?」
「いやニトロ積んでもスタミナには関係ないだろ」
反射的に突っ込みを入れると、香取がにやりと笑った。
乗せられたのが何となくむかつくが、壬卦の奴が済まなそうな顔をしているので殴るのは止めておく。
大体、漫才なんてやっていられないくらい疲れている。
春輝は端まで着いたところで折り返すのを止めて壁に寄り掛かると、香取と壬卦も似たように横に並んで休み、そこでようやく一息ついた。
……が、香取のにやにや笑いは止まらない。
「それにな、倉木を誘ってもしゃーないねん。
前にも誘ったんやけど、理解してくれへんかったんや」
「……は?
理解?」
言っている意味が分からず、春輝はつい聞き返してしまった。
そして香取は、待ってましたと言わんばかりに右手で水面を叩いた。
「そや!
見てみい、あのクラスメイトの勇姿を!」
促され、春輝は泳いでいるメイド服群に目をやる。
休んでいる生徒が半分くらい。
クロールで泳いでいるのが一人。
平泳ぎが四人。
後は歩いている。
勇ましいというか、真面目に頑張っているのが見て取れる光景だ。
けども、あれがどうしたっていうのか、まるで分からない。
春輝が眉根を寄せていると、ぬっと肩に腕が回された。
言うまでもなく香取のもので、明言するまでもなくうざったい。
が、苦情を言う前に浮かれた声が耳に届いた。
「見たまえよ、あのスカートのひらひらを。
平泳ぎの、蹴りをする度にふわっと広がる魅惑の布地を」
「……お前、なんか喋り変わって……」
「ほら今っ!
見事にふわって!
おみ足が!
ガーターまで見えたで?!
ああっ、惜しい!?
もう少しで奥底に潜む神秘が垣間見えたというのに……!」
興奮しながら話す香取の言葉通り、確かにスカートはクラゲのようにひらひらふわふわと不安定に広がったり足にまとわりついたりしていた。
ちらちらとニーソックスに包まれていない太もも部分が、見えて、しまったり……
ふわっと布地が泳ぐ度に、こう……言い様のないときめきというか、もしかしたらもしかしてしまうんじゃないかとか、ダメな思考で脳内メモリが占領されてしまう。
さっきまでそんなことに気付かずにいたが、一度気付くともうダメだ。
どうしても平泳ぎしている子に目線がいってしまう。
あれか、ロールシャッハか。
騙し絵か。
見方が変わるとそう見えてしまうのか。
純粋な少年の心はすっかり染められてしまったのか。
「あおぅっ……惜しい!
つーか何で見えへんねん!
白の誘惑地帯が!
さっきなんて一生懸命潜水してたっちゅうに見えへんねんで!?
物理法則以外の何かが働いてるんとちゃうんか!?
鉄のカーテンってあれのことかいな?!」
「……卓也君、真面目に訓練していると思ったら、そんなことを」
「ミケのアホちん!
そんなこととはなんや!?
人類の、男の、誰もが夢見るシチュエーションやないかい!
そこで動かんといつ動くんや!
男にはパンツの為に命を勝ける瞬間が一度はあるんや!」
興奮した香取が何だかとんでもないことを言っているが、春輝は突っ込めない。
咋日、うっかり下着に気を取られて回避行動が遅れて地獄を見た身分なので、突っ込む資格はない。
むしろジクジクと胸が痛かった。
もしかしてこいつと同類なのかと思うと、遠くにいる両親に謝りたくなる。
ただ……全く同じ人種ではない証拠に、似非関西弁のエロハンターが気付いていない事実に、春輝はもう気付いていた。
「ああもうっ、切ないくらい際どいなぁ!
コツはあれや、一度プールサイドに上がった女の子が水に入る時、空気を孕んでスカートが広がる、あの一瞬や!
あの時に潜水しとれば、もうこれは間違いないで?!
おおっと、これは覗きとちゃうで!?
オレは単に熱心な態度で訓練に臨んだ結果、つい女人サイドへ潜水してしまったナイスガぃぶふぉっ?!」
強烈にアホな熱弁だったが、最後まで言い切る前にどこからともなく飛んできたビート板がこめかみに直撃。
香取は名前の通り撃沈し、水面下へと消えていった。
春輝はやれやれと首を振り、それから下手人を見やる。
ビート板を投げた人物が先程からこちらを注視していたのは知っていたので、確認は楽だった。
監視台に座るメイド服の教師は、絶好調に冷ややかな目で香取が沈んだ辺りを見て、
「香取さん、不埒な考えは止しなさいと言ったはずです。
セクハラは立派に犯罪です」
それはそうだが、果たして体罰は看過していいのかどうか、悩むところだ。
まあ今回は間違いなく香取が悪いので、見て見ぬフリ。
実際、ちょっと前から休憩している女生徒の目が痛かったし。
壬卦も同情するつもりが無いのか、ふうとため息を吐いて、ぽつりと呟く。
「それにしても凄いなあ。
ビート板は軽いし空気抵抗を受けると予測出来ないあらぬ方向に飛んでいっちゃうのに、的確に卓也君に当てるなんて。
……凄いなぁ」
そう言って、何故だか熱い吐息を吐いた。
やっぱり、こいつも何か間違っている。
まともな男子はいないのか、ラベールブロンシュ。
自分もその一員っていうのはかなり嫌だ。
まあ、そんな暗い未来ばかり見ていても仕方がない。
自分だけは真人間でいようと誓い、春輝は気を取り直すべく話題を変えた。
「しかし、倉木ほどじゃないにしても、お前等も体力あるよな」
それはふざけた態度の香取や小柄な壬卦だけでなく、女生徒も含めてだ。
昨日の一件が尾を引いているとはいえ、女子はスカートがひらひらして泳ぎにくいというハンデがあるはずだから、やっぱり体力面でやや負けているように思える。
特に部活をしていた訳じゃないが体力にはそこそこ自信があったので、この現状には素直に驚いた。
メイド服が実は強化スーツなんじゃないかと馬鹿なことを考えてしまう程に。
その疑問に答えてくれたのは、照れ笑いを浮かべた壬卦だった。
「僕達、二ヶ月の間、殆ど毎日体力作りさせられていたから……うん、だからこれくらいはね。
深閑先生に鍛えられているんだから」
「そやなぁ。
鉄ゲタ履いて走らされたり、米俵担いで長距離歩かされたりしとったしなぁ。
すぐにハルハルもこれくらい出来るようになるで」
「……誰がハルハルだよ」
変な愛称で呼ぶ香取を睨むが、真顔で指差されてしまい、春輝は舌打ちをして黙り込む。
大体こいつはいつの間に浮上したのか。




