三話・7
自分ではあんまり手が早い方ではないと思っているけど、こう、癇に障るので。
まあでも、ひとまず黙ってくれたので、一応は会話のキャッチボールが成立するということだろう。
いつかは殴ってしまいそうだけど。
安心するにはちょっと早いが、ここでの男友達の存在は貴重だから、あんまり邪険にして関係を悪くするのも面倒だし、別にお喋りな男が嫌いというわけでもないし。
そのうち慣れるかもしれないし。
「……で、香取だっけか。
もしかして、ここに入学する為に関西から来たのか?」
そんな淡い期待をひっそりと胸に抱いて春輝が話しかけると、居心地悪そうに小刻みに肩を揺らしていた香取は満面の笑みを浮かべた。
話題を振られたのが嬉しいのか、それとも喋っていいと理解したからなのか。
恐らく後者っぽいが、どうにしろ扱いやすい奴かもしれない。
「ちゃうよ。
実はオレ、生まれも育ちも茨城やねん」
「じゃあなんで関西弁?」
ひょっとして両親が、そっち出身なんだろーか、と春輝が予想していると、再びチチチと人差し指を横に振って、
「決まってるやん。
キャラ立てや、キャラ作りの一環や!
顔がいいだけの男じゃモテへんねん。
インパクトも薄いねん。
友達も出来へんねん」
「お前、今さらっと自分は二枚目発言しただろ」
「気のせいやって!
まあそれは置いといて、こっからが別な話や。
オレらはいずれどっかの主人に仕えるべく頑張るわけやけども、その候補者はここの生徒かその縁者っちゅう可能性が高い。
それは理解しとるよな?」
「まあ、な」
ここで三年間を過ごし、いざ就職となったとき。
教師がつけるだろう成績も参考にはなるだろうが、実際にはどれだけ使えるか分からない人間を雇うのは冒険になる。
大学に行かないとしたら、まだ未成年。
それを、将来性を見込んで雇い入れるのは……まあ給料の額にも依るだろうけど、ちょっと腰が退けても仕方ないな。
けど、同じ学舎で過ごして、その目で実力の程を見てきた本人、もしくはそいつから評判を聞いた人間ならば、冒険の部分は最小限で済むはずだ。
「せやから少しでも印象を強うせなあかんと思うてな。
いかにも執事っちゅうオールバックと銀縁眼鏡、違和感バリバリの関西弁。
このミスマッチが受けんねん!」
「……そうか」
「あ、ちなみに眼鏡は伊達なんよ。
この似非関西弁は、適当にお笑い番組見て覚えたんや」
道理で言葉遣いもアクセントもおかしいはずだ。
ひょっとしたら、いやいやひょっとしなくても、頭の方もおかしいかもしれないけど。
一応納得は出来たが、それは香取の喋りに関してだけであって、インパクト云々に関してはかなり懐疑的だ。
こいつの場合、明らかにマイナスイメージにしかならないだろ。
上育科のお嬢様達が冷ややかな、或いは珍獣を見るような生暖かい目をしてこの似非関西弁男を見ている光景が目に浮かぶ。
まあ、わざわざ指摘なんかしないけど。
何となく香取の言い分は建前っぽく聞こえ、本当は単に楽しいからやっているだけに思える。
それならば邪魔するのは野暮ってヤツになる。
だから春輝は一つ頷くだけで留めることにした。
本気だとしても、それはそれで。
ただ、うざいことに香取の喋りは留まることを知らなかった。
「それにしても、転校生なぁ。
ええな、転校生!
注目の的やん。
めっさ噂されてるやん。
羨ましくてしゃーないわ。
それにジブン、藤條の姫さんと知り合いなんやって?」
「あー、まぁな」
「ごっつい縁やないか。
これを羨ましがらんでどうせえっちゅーねん!
あの藤條やで!?
日本どころか世界規模で大活躍のコングロマリットの頂点に立つ、藤條の一人娘やで!?
それだけでも十二分に羨ましいっちゅうに、あれだけの美人で、しかも成績は抜群ときとる。
そんな子とお近付きになれるだけで勝ち組やがな!
ミケもそう思うやろ?!」
「ええっと……ちょっと羨ましいかも」
照れるようにして壬卦まで同意した。
なんというか、監視台にいる深閑よりもこいつの方がメイド服が似合いそうだと思うくらい、はにかんだ笑みは愛らしい。
香取が『ミケ』と呼んでいたのは名字の読み方だろうとは予測していたけど、どうやらそれだけじゃないようだ。
子猫のような愛玩動物らしさがあるのでしっくり来る。
とはいえ、二人の意見にはこれっぽっちも同意出来ないけど。
藤條がどれだけ大きくて朱音がどれだけ人気者だろうが、だからといって過去が変わるわけでもないし。
今も昔もひたすら厄介なヤツだから、むしろお近付きになりたくないっての。
何にも知らない奴等は気楽でいいなあ、と思いながら春輝は嘲笑うように口元を歪める。
「朱音のヤツは昔の知り合いだが、別に知り合いだったからって良いことなんかねぇぞ」
「んなわけあるかいな。
あれだけの美人やで?
っちゅうかジブン、オレリア嬢とも随分と仲よさげだったやないか。
咋日の昼休み、見とったで」
「あれを見てどの口でそんなこと言いやがる」
どこからどう見ても険悪そのものか、もしくはその後の流れも含めて冗談のキツイコメディにしか見えないはずだ。
伊達眼鏡でなく、ちゃんとレンズに度を入れた方がいい。
もしくは脳の検査をするべきだ。
まあでも、香取の脳内フィルターがイカれていてオレリアと仲良く見えたというのなら、羨ましく思う気持ちも多少は分からなくもないと、春輝ですら思う。
髪型はともかく、輝くような質感の金髪と、それに似合うだけの美貌とスタイルをオレリアは兼ね揃えている。
頭の中身はちょっとばかり変な回路が埋まっているみたいだが、直情的な性格は嫌いじゃない。
朱音のように魔女めいた陰険さがないだけ、百倍マシだろう。
ただし、それは向こうがこっちを敵視していなければ、の話だが。
自分のことを嫌い、見下すような女を相手に見返してやりたいとは思っても、あえて仲良くしようとは思わない。
そんな面倒なことはしたくない。
そんなことより、今はラベールブロンシュでの生活に慣れる方が大切だ。
まずは授業をちゃんとこなせるようにならないと。
と、改めて思った時、春輝はあることに気がついた。
話しかけてくる時、確か香取の奴は……
「なあ、もしかして個人の判断で休んでいいのか?」
「おう、そやで。
オレらもそろそろキツイし、こうして休憩の誘いに来たんや」
「それはいいけども、倉木の奴は誘わないのか?」
言って、春輝は一人黙々と一番端のレーンて泳いでいるルームメイトを見やる。
服を着たまま、しかし見ている限り倉木の奴は泳ぎっぱなしだというのに、そこそこ速い。
それに安定感のある泳ぎだ。
……ただし、なんか妙な泳ぎ方だけど。




