三話・5
同じ小学校に通っていたのは三年生までで、その頃の春輝は華奢で引っ込み思案な男の子だった。
クラスに仲の良い女子が何人かいて、彼女等とあやとりをしたり絵を描いたりして遊ぶ姿を見た記憶がある。
かと思えば少年らしくサッカーや野球といった運動も好きだったようで、男子の輪からも外れることなく、しかし中心ではなく脇を固める感じでグループに溶け込んでいた。
なので男女の隔たり無くクラスの中心に位置していた朱音にとって、『弄りやすい男子』という印象が強く、度々からかっていたし、泣かせたことも何度かあった気がする。
まさかこんな所で再会するとは思わなかった。
それは凄い驚きで、怖くもあり、嬉しくもある再会だった。
……にしても、よくもまあ変わったものだと感心する。
背は平均より高いし、体格はやや細身だが筋肉はそこそこありそうだったし、何と言っても目つきが物後く悪くなった。
昔はあんな、髪を茶色に染めて耳に安全ピンを刺すような子じゃなかったのに。
あれじゃどう見ても不良だ。
なのに従育科に編入してくる辺り、根っこの部分は変わっていないらしい。
お人好しな世話好きで、からかい甲斐のあるところがとてもいい。
慣れなければいけないとはいえ、こんな風に可愛らしいお嬢様方に囲まれて無駄話をしているよりも、春輝の傍にいた方がずっと面白いだろう。
確か今日の午後、プールの一部が従育科の授業で使われると、昼休みに相席した隣のクラスの子が話していた。
何をするのかは分からないけれど、二コマ分の授業時間をただ泳ぐだけで終わらせるとは思えない。
きっと、見ているだけで楽しくなるような面白いことをやるに違いない。
そう思うとわくわくして、すぐにでも行きたくなる。
けれど、どうやってこの場を抜け出すか。
一時間足らずのお茶会だが、その後の予定が無い場合は延長戦に突入することが多い。
さしたる理由もなく退席すると、後でまた色々と言われる材目になる。
個人の感情としてはそう気にならないが、イメージ戦略としてはマイナスだ。
どうしたものだろう、と朱音が思索に浸っていると、
「ここ、宜しくて?」
後ろから聞こえてきた声に、反射的に振り向く。
誰かは見ずとも分かっていたが。
どこか高圧的な、それでも気品溢れる物言い。
このお嬢様揃いのラベールブロンシュでも五本の指に入る名家の長女は、やっぱり今日も絡んできた。
朱音が言葉を返す前に、同席の友人がにこりと微笑み、
「どうぞ、歓迎しますわ。
丁度一席空いていましたし、そこにお着きになるのがオレリア様なら断る理由なんてどこにもありませんもの。
ねえ、皆さん?」
他の友人が口々に『ええ』とか『勿論です』とか言うので、勿論朱音も断りはしない。
オレリア・紫苑・グランヴィル。
イギリス貴族にして世界規模で不動産業を営む富豪の家に生まれた長女で、見ての通りそこいらのモデルが裸足で逃げ出したくなるような美人。
春輝は『ドリル』なんて言い方をしていたけど、ボリュームのある金髪を縦ロールにしたその髪型はよく似合っている。
まあ、確かにドリルにも見えるけど。
重要なのは、自分とオレリアが、とても良好とはいえない関係だということ。
けれど今ばかりはその登場を嬉しく思い、朱音は見せかけだけではない微笑みを浮かべた。
よくも良いタイミングで来てくれたものだ、と。
「ごきげんよう、グランヴィルさん。
丁度艮かったわ、あなたにお話があったんです」
「……?
珍しいことこともあるものですわね。
貴女から話だなんて……」
寄って来るのはいつもオレリアの方で、難癖をつける為というのが大抵だ。
だから必然的に口論にもなるし、そんなことばかりだからただの世間話をしていても何となく喧嘩腰になってしまう。
犬猿の仲、と朱音は思っているが、周りには仲睦まじいという印象らしい。
とても納得いかない。
けど、そのおかげで今はやりやすいというのも、事実。
どうせ今日も何かねちねちと言いに来たに違いないオレリアは、予想だにしていなかっただろう先制攻撃に整った眉を顰めている。
とても分かりやすい反応で、朱音としても簡単に済んでいい。
「昨日、春輝くんが少し失礼な言い方をしていたみたいですから。
友人として、代わりに謝罪したいと思いましたので」
「……謝罪?
貴女が、あの下人の代わりに、ですの?」
ますます疑わしげに眉間に皺を寄せるオレリアに、朱音は僅かに頭を下げて見せた。
演技で頭を下げるくらい造作もない。
ちょっと不満だけど、それもこの後の展開の為と思えばいくらでも我慢出来る。
「彼は……そう、まだここに慣れていないものですから。
でも、悪い人じゃないんですよ」
「……フン、どうだか。
分かったものじゃありませんわね」
「ええ、すぐに理解して貰えるとは思っていませんよ。
だから」
にこりと、出来る限り親しげな笑みを浮かべて。
「少し、観察しに行きませんか?
真摯に授業を受ける姿を見れば、伝わるものかあるかもしれませんから」




