三話・4
午前の授業が終われば、その日の上育科必修科目は終了。
現国や英語といった一般教養は午前だけで、午後は選択授業オンリー。
それも必修はないので、やりたくなければそれでいいというフリータイムの始まりだ。
選択出来る授業には変なものもあり、その一つに茶会がある。
燕翠楼という名の茶会専用の建物で行われる、ただ単に食後の一時を紅茶など飲みつつ世間話をするだけの、これが授業だとはいえラベールブロンシュ以外では認められないこと請け合いの内容だ。
朱音は茶会を選択していたが、その理由は他の生徒とはちょっと違う。
単に紅茶を飲みながらゴシップや自慢話に花を咲かせたい生徒達とは違い、『この雰囲気に溶け込み、少しでも親近感を得る』という目的を持っての授業選択をしていた。
むしろそんな目的が無ければ茶会なんて選択しない。
元が一般庶民なので、ラベールブロンシュの空気は三年経っても肌に馴染んでいないのだ。
例えば、燕翠楼。
いくつも重なった燕の巣をイメージして作られたという建物で、あちらこちらに翡翠が輝いている以外はそこそこ落ち着いた雰囲気があるが、当然のように高級建材を使用して建てられている。
四層に渡るオープンテラスは一番下の層でも地上十メートルの位置にある。
その上の層は一回り小さな造りで、さらに七メートル上。
通り抜けるだけの内部には、ここ半世紀で評判になった有名画家の絵が飾ってある。
それも当然レプリカではなく、本物。
テラスに出たら見られないっていうのに、とんだ無駄遣いだ。
大体にして燕翠楼自体、何期か前に卒建した生徒の親が建築会社社長兼デザイナーで 『娘の入学記念に』と寄贈したという、とてもとてもありがたい建物なのだから、呆れてしまうのは当然かもしれない。
まあ、燕の巣といえば白っぽい透明の高級食材、なんてイメージしかない金持ち連中からすれば、それなりにナイスなネーミングと思うのかもしれない。
ただし庶民出身の朱音としては、日本にこんな白くて豪華な燕の巣があるわけないでしょ、と突っ込みたい。
けど、野暮だし非難されるだけだと理解しているので、笑顔の裏に隠すしかないわけだ。
そういった感じで個人的には色々と含みはあるものの、燕翠楼は四層の、お茶を楽しむためだけのスペースとして存在していた。
今朱音がいるのは上から二層目の、五十人程度が席に着くことの出来る階だった。
当然のようにエレベーターでここまで来て、それなりに話の傾向を把握している数人のクラスメイトと共に席に着けば、やはり当然のようにメイド服を着た女性が近付いて来る。
彼女はまず、形式通りの一礼をして、
「お嬢様方、本日はどのお紅茶をご所望でしょうか?」
そう訊ねて来るわけだ。
朱音としては「適当によろしく」でいいのだが、ラベールブロンシュ生徒としてはNGだ。
「私はトルコ紅茶を……そうね、今日はミルクティーで」
「わたしはディンブラを、ストレートで頂きますわ」
「なら私はダージリンのファーストフラッシュを。
同じく、ストレートにしますわ」
友人達は次々と、気分に合わせて銘柄を告げていく。
あまり迷っているのもみっともないので、朱音は僅かな時間だけを置いて、
「わたしはアッサムの……そうね、セカンドフラッシュをストレートで」
それで全員が希望を言ったので、メイドさんは微笑みを浮かべて「畏まりました」と頭を下げ、一度建物の中へと消える。
ちなみにここにいるメイドは学園で雇った人達で、二学期以降は従育科の生徒が混ざるということだった。
ちゃんと準備期間をおいて、教育が済んでから実践というわけだ。
それは正しい判断だ。
単に紅茶を淹れるだけ、などと考えている生徒も多いだろうが、すぐに愚かな思い込みと知ることになる。
紅茶を淹れるのにゴールデンルールがあることくらいは知っているだろうし、一度覚えればそれほど難しいものでもない。
だから簡単、などと思ったら、大間違い。
朱音は経験で知っている。
普通に麦茶や炭酸入りのジュースを飲んで育ち、母の再婚を機に上流社会に加わることになった経緯から、色々と勉強したのでそれをよく理解している。
恐らくは、ここでのほほんと紅茶を飲むだけのお嬢様方よりも。
確かにゴールデンルールに則り淹れるのは難しくないが、肝心なのは複数の種類の異なる紅茶を同時に淹れる、ということだ。
今のように、ここのお嬢様達は自分の好みで注文する。
同じ物を頼むことより、わざと違う物を頼む場合が多い。
茶葉のサイズによって蒸らす時間も適正温度も変わるからその把握もしておかなければならず、茶葉を濾して注ぐポットも温めておく必要がある。
一度に数種類やらねばならないので、
そのタイムラグも蒸らす時間として計算しなければならない。
そんな面倒臭いことを、最短時間でやらねばならないのだ。
銀のトレイに載って運ばれて来たポットを見ながら、自分ならやっていられないなと思う。
後で焼き立てのスコーンを運んで来るのも彼女の仕事だし、頃合いを見て二杯目を注ぐ為にも注意は怠れないわけだ。
友人達が他愛もない話を始めたのでそちらへと注目しつつ、朱音は春輝のことを考えた。
彼が苛々と紅茶を淹れる様を思い浮かべると、面白いくらい、似合わない。
嫌々でやっている姿が見えるようで、少し楽しくなる。




