二話・8
「やだもうっ、私ったら失敗ばっかりで……今までも皆さんに迷惑ばかりかけてしまって、それでも紙一重で人的被害は無く……はなかったですけども最小限で抑えられていたのに、ついにこんな大失敗を」
「そこまで悲観せんでも」
「いいえっ、転校生さんにとんでもないことをしてしまいました……ああ、御髪がすっかりカレー色に染まってしまって……!」
「いやこれは元からだから」
律儀に春輝が突っ込んでやると、鳳凰寺というメイド少女はハッとした表情になり、
「そ、そうだったんですか!?
私、てっきりカレーのせいだって、私のドジで下品な色になってしまったのだとばかり……」
「……おい」
「あっ……!?
その、違います!
私、良い色だと思います!
転校生さんにはピッタリの色だって……って、これじゃあまるで転校生さんがお似合いの下品野郎だつていっているみたいに!?」
「……おい」
「か、重ね重ね本当にすみませ、んぎゅ!?」
一人で勝手に暴走した鳳凰寺は、猛烈な勢いでドアに頭突きを食らわせて呻く。
ちなみにドアは湿気に強いステンレス製で、それなりに痛そうな音がした。
頭突きによってドアが開かれ、全身が見えるようになったメイド服姿の鳳凰寺早苗をまじまじと見つめながら春輝は、確信する。
間違いない。
彼女はとんでもないドジだ。
しかも天然っぽい。
絵に描いたようなドジっぷりに半ば感心しつつ額を抑えて蹲る彼女を見ていると、その視線に気がついた鳳凰寺は慌てて立ち上がった。
涙目のままなので、まだ相当に痛いらしい。
なんだかちょっと可哀相な感じがして春輝は気付いた。
瞳を潤ませている彼女を見ていると、何故か心臓がちくちくと針で突かれたように落ち着かない。
自分は何も悪くないはずなのに、
『あれ?
もしかして俺のせい?』
と、勝手に罪悪感が生まれてくる。
これはかなり厄介かもしれない。
朱音とはまた違う種類の魔性だ。
どうにも居たたまれない感覚に、春輝は彼女から視線を逸らして、濡れた前髪を手持ち無沙汰に弄りつつ、
「いやまあ、あれは何っつーか……ぼけっとしていた俺も悪かったんだから、そんな気にすんなよ」
「そんなことありません!
あれは全面的に私が、焦っちゃって自分の足に躓いちゃった私が悪いんです!」
鳳凰寺は心の底から自分が悪いと思っているらしく、せっかくの好都合な水に流す発言を全力で否定する。
しかしそんなことをされても、困る。
凄く困るし、心臟を攻撃している心理針が、まち針からアイスピックにグレードアップしてしまう。
春輝はちゃんと分かっているのだ。
あれは確かに彼女のミスだ。
そこは間違いない。
けれど、前にいたオレリアはちゃんと回避に成功している。
鳳凰寺早苗というドジっ娘台風を事前に知らなかったから反応が遅れた。
それはまあ、確かにあるだろう。
けど、それ以外もある。
普段の自分ならば、オレリアが回避行動を取ったあの瞬間に上空から迫る危険を察知していたはずだ。
そして驚きながらも避けることが、最悪でも直撃だけは無かったはずだ。
なのに現実には直撃した理由が、そんな、スカートの中に気を取られていたとか、初めて見たガーターベルトが素晴らしかっただとか、間隙を縫うように見える太ももがどうだとかさらには……などと、絶対、口が裂けても言えるわけがない。
ただし目敏い朱音はそれに気付いていたようで、水をぶっかけた後に耳元で、
「春輝も男の子ねー」
と冷めた声で囁いてきやがった。
反論は、勿論出来なかった。
そんなこんなで、健全な男なんだからスカートが捲れたら見るしかないじゃないか、などと人してどうかと思われるような言い訳もしたくない。
加害者は確かに鳳凰寺なのかもしれないが、事実が知れれば悪とされるのは理不尽にもこっちになるという自覚がある。
なのでそんな、『マリアナ海溝よりも深く反省しています』と言わんばかりの目をされると、良心が痛む。
じわりと滲む汗に急き立てられるように、春輝は、
「いやまあなんっつーか、ほら、今はもう何とも無いわけだし。
避けられなかった俺が間抜けだったって説もある気がするわけだ。
まあ、過ぎたことだし、別に気にしてないし、こうして謝ってもくれているんだしよ。
ここらで手打ちにしないと切りがないっていうか、いつまでもこんな所にいるのもあれだし、もうこの辺で終わりに?」
適当なことを交えつつ捲し立てていたが、その最中に鳳凰寺の姿を見て、ふと、違和感を覚えた。
彼女をちゃんと見るのはこれが初めてだが、何かおかしい気がする。
ぶつけて少し赤くなった額も、おさげにした髪も、メイド服も……いや学校でメイド服なんてバリバリにおかしい気もするが制服なんだからラベールブロンシュに限っては、おかしくない。
じゃあ何が、と思索に入ろうとした矢先。
もじもじと体をくねらせた鳳凰寺が口を開いた。
「……やっぱり、けじめって大事だと思うんです。
だから私、せめてもの償いを、と思いまして……」
「償い?」
何のことだろうと首を傾げるも、彼女の手に何かが握られていることに気付き……
春輝の頬が露骨に引きつった。
鳳凰寺早苗を見て感じた違和が、ようやく分かった。
数十分前、彼女が転んだ姿をバッチリ見ている。
白いパ……じゃなくて、白いガーターベルトとタイツを穿いていたのを。
なのに今、丈の長いスカートから覗いている足は、剝き出しの素足になっている。
そして手に持っているのは、黄色のスポンジ。
「私、そそっかしい上に特技もないですし、出来ることなんて殆ど無くて……」
何でタイツを脱ぐ?
その手のスポンジは?
疑問の言葉が春輝の脳内で渦巻く中、鳳凰寺早苗は頬を赤く染めて告げた。
「ですからっ、せめてお背中を流させていただこうと!」




