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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 藤守 友


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二話・6

「寄付金を払っているのは学院にであって、俺個人にじゃないだろ。

 確かに俺はお前等の家が払ってくれる寄付金のおかげで従育科に通えるが、その従育科の方針広告や生徒手根には『従育科の生徒は上育科の生徒に服従せよ』なんてどこにも書かれていない。

 強要された覚えもないしな。

 授業中の訓練っていうんならその時は従ってやる。

 だがな、平時から俺がお前に……いや、お前等に下人扱いされる義理なんてないんだよ。

 従わせたいなら認めさせてみろっての」


「……なっ……なんですって……?!」


 まあ当然のことではあるが、オレリアは肩を震わせて顔を紅潮させる。


 言い負かしたつもりだったんだろうから、そりゃあむかつくだろう。


 ついでに「へぇ……なかなか頭回るじゃない」と小さな声が聞こえて来たが、春輝はそちらを見ることはしなかった。


 誰の発言かは声で分かるし、顔を見れば『元凶はお前だろ』と言ってやりたくなる。


 けど、既に眼前には一人、飢えた獣のような殺気を放つ女がいるので、ひとまずそれは止めておく。


「屈辱ですわっ!」


 ダダダンッ、とその場で強く床を踏みしだき、オレリアは巣を荒らされた火吹き竜がいたらこんな感じじゃないかというくらいの勢いで春輝を睨んできた。


 興味を引かれてこっちに注目していた生徒は例外なくびびっている。


 感染するように、食堂全体がざわつく。


 渦中の真っ只中にいるのはあんまりいい気分じゃないが、腹黒幼馴染みを相手にするよりずっと分かりやすくて、少し楽しい。


 だから春輝も、悪戯を仕掛ける子供のような気持ちになって立ち上がる。


「暴れんなよオジョウサマ。

 食事中のヤツもいるんだ、埃を撒き散らすような真似すんな」


「黙りなさい屁理屈男っ!

 昨日から何度となく私に逆らって……何なんですの、貴方!?」


「俺はむしろお前の髪型に何なんだって言ってやりたいっての。

 今日も相変わらず掘り易そうなドリルぶら下げて。

 ここは工事現場じゃねえぞ」


「ッ、また私の髪を……許せませんわ!

 そもそも昨日のことだって許した訳じゃありませんもの!

 私の胸をあんな乱暴にっ!」


 余計なことを思い出したようで、オレリアは昂ぶるままに自分の胸を鷲掴んだ。


 そうするとただでさえ制服の上からでも分かる大きさのそれが、くっきりと形を変えて、見ている方が恥ずかしくなり、顔が熱くなってしまった春輝も声を荒げ、


「しつこいっての!

 事故だったんだからさっさと水に流せよ!」


「事故ならは済むとても思って!?

 加害者側には賠償責任はありましてよ?!」


「勘違いして突っかかってきたのはお前だろうが!!」


「私の落ち度だと言いますの?!

 これだから粗野な男はっ、あんな、あんなことをしておいてっ」


「だからっ」


 気がつけば言い争いはヒートアップしていて、目の前で肩を怒らしている金髪ドリルのお嬢様が引いてくれることは期待出来ないっぽい。


 瞳には爛々と炎が灯っているし、何より醸し出している雾囲気が『殺ったる』と言っている。


 とはいえ、こっちが引くのも癪だ。


 引いた途端に百の言葉で畳み掛けられるのは火を見るより明らかだし。


 けどこのままだと収まりがつかない。


 藁にも縋る気持ちで、というか藁程度の期待しか出来ないから念の為、ちらちらと朱音へ視線を送る。


 しかし案の定、朱音はにこにこと笑っているだけだった。


 よくよく見てみれば目元がほんの少しだけにやけている。


 やっぱりこの状況を楽しんでいるんだ、この悪魔。


 やっぱり自力で何とかするしかないのか、と、諦めに似た覚悟を決めた、その時。


 不意に朱音の表情が強張った。


 同時に、


「きゃうぁーっ!?」


 そんな悲鳴がどこからか聞こえて来て、春輝は反射的にそちらを振り向くと、メイド服を着た少女がいた。


 いた、というか、盛大にずっこけていた。


 万歳をするように両腕を振り上げた形で勢いよく前へと身を投げ出した少女は、べちゃっ、と床に落ちる。


 その際に脛辺りまで丈のあるスカートが捲れ、ふわりと空気を孕み、背中側に落ちた。


 すると隠れていた両足が、細い割に女の子らしい丸みを带びたふくらはぎを覆う白のタイツが、柔らかそうな太ももを扇情的に彩る同色のガーターベルトが、順に露わになり……


「あ?」


 バッチリ最後まで確認して、なんだか少し荒んでいた心が癒されたような感じになったところで、春輝はあることに気がついた。


 すぐ前では慌てた様子のオレリアが身を翻し、周囲の女生徒が悲鳴に似た声をあげている。


 何かがおかしい、と思った瞬間、ようやくそれに気がついた。


 転んでしまった、メイド服の少女。


 彼女の前に伸ばした腕と手の形は、まるで何かを支えていたようだった。


 何を?


 考えるまでもなく、それはすぐに判明した。


 嫌な予感に顔を上げれば、そこに三つの影。


 今まさに中身を溢さんとしているカレーポットと、焼き立てっぽいナンが二枚載った漆塗りらしき艶のトレイ。


 それが見事に、このままだと自分を直撃するコースで飛んでいた。


 空中で溢れ出始めたカレールーはやや水っぽい感じがする。


 そういえば朱音が『日本風のカレーもある』と言っていた気がするが、あれは野菜を煮込んだ日本風のカレーとは違う気がする。


 インド風かタイ風かは分からないが、何となくどちらかっぽい。


 ナンがあることも考慮すれば、インドカリーかもしれない。


 やっぱり辛いんだろうな、と他人事のように思って、いやいや他人事じゃないなと思い直す。


 何故なら……もう避けられない。


 顔を上げたその時、既に三つの影は目の前にまで迫っていた。


 飛び退くどころか、顔を逸らすことさえ難しい距離だ。


 ダメ押しで、飛来するカレー&ナンがあり得ないくらいゆっくりと迫るのを見て、ふと悟ってしまった。


 交通事故の瞬間に時間が遅く感じるってこういう状態なんだろう。


 迫っているのは死ではなく熱々の料理っていうのが微妙だが。


 なんか情けないなと思い、口元が歪んで半笑いになって……




 まず、ナンが顔面に着弾した。




 ぽふっ、と顔の上に乗っかるような感じて、大した衝撃も無い。


 鼻と半開きだった口から小麦の焼けた香ばしい香りなんかもして、


『あれ?

 もしかしてこれは大したことにならずに済むかも?』


「ッ!!?」


 次の瞬間、凄まじい熱さに激しく頭を仰け反らせる。


 時間差で焼き立ての熱々っぷりが顔面に襲いかかってくるなんて反則過ぎる。


 ホッとした瞬間を狙いすましたようなタイミングに、アメコミのマッチョな敵に殴られたようなリアクションをしてしまう。


 その勢いでナンは吹き飛ぶようにどこかへと消えて……




 間髪入れず、カレーが顔へと降り注いできた。




 さらりとした水気の多いそれは、ナン以上に……違う、訂正。


 ナンとは比べものにならないくらい、


「熱ぅぁああああああああああああああっっっ!?!!?」


 これは、死ねる。


 なんというか言葉に出来ないくらいの熱さで、マグマを浴びたらこれくらい熱いんじゃないかっていうくらいで、今までに経験のしたことのない圧倒的な熱量で、そんなものを顔面にいや顔面だけじゃない頭から胸元までクリティカルに食らって、おまけに結構な量を口に入れてしまって、さあ果たしてどうなるでしょうかって感じで、


「あづっ、あ、痛ッ!?

 い、いっ、辛……ぃがっ?!」


 灼熱のファーストインパクトの後、次に来たのは皮膚が破裂するんじゃないかと思うくらいの痛さで、しかも熱いのも継続中で、なんか毛穴から脳まで届いちゃってるんじゃないかというくらい頭が刺激されまくっている。


 おろし立ての制服に染み込んでいるのも激ヤバで、カレーを吸い肌にぴとっと張り付いたシャツはとんでもない凶器に変貌中。


 極悪な熱さを常時伝えて来ようとするシャツを脱ぎ捨てようと必死でもがくけど、首まできっちりボタンが留まっているせいで一筋縄ではいかず、それでも絞殺されかかっている被害者のように床を転げ回りながらも襟首に指を突っ込んで……


 その時、二次災害が起きた。


「ぎぁっ!?

 ぐ、目、めぇっ!?」


 最悪なことに、肌を伝ってカレーが目に入った。


 眼球っていうか網膜っていうかとにかく繊細な部分がえぐえぐしい刺激を受けて熱くて痛くてしかも痒いという拷問に、今度は全力で目の辺りを手の甲で擦ってしまう。


 そうしても痛みは一向に和らがず、それどころか喉から肺にかけての圧迫惑が、


「んぐぁっ!?

 げほっ、が、げはっ!

 っく、は、げほっ、ごはっっ!?」


 唾が気管に入ってしまったのか、激しく咳き込んで、最初に呑み込んだカレーの一部が胃液と共に逆流した。


 食道と口蓋を灼きながら上がって来た何だか辛酸っぱい液体を、最後の一線である『人としてやっちゃまずいだろそれは』という意地だけで、吐き出さないように吞み込もうとして、


「っ!!?」



 半分だけ成功して、状況はむしろ悪化。


 爽やかで高級感と紅茶の香り漂う空間での吐瀉は何とか堪えることが出来た。


 しかしその代償に口の中で行き場を失った酸性の液体が鼻腔を襲う。


 刺激に弱い粘膜が強烈な攻撃に晒されて劇痛を生み、あまりの衝撃に春輝は床に倒れたまま目を見開いて痙攣してしまう。


 熱い、痛い、辛いのトリプルパンチは強烈で、しかもちっともレベルダウンしない。


 波状攻撃は威力を増す一方で、『ギブ! ギブだから!』と心の中で訴えてもまるで聞き入れられることはなく、その上気絶したくても鮮烈な刺激がそれすら許してくれなくて……


 ああ、だめだ、これは、死ぬ……


 藻掻き苦しみながら、むしろいっそ早く止めを刺してくれと思うまで、そう時間はかからなかった。


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