二話・4
こっちの気を知らないのか、朱音は話しかけてくる。
いや、知っててわざと話しかけてきている可能性もあるな。
無視……しようかとも思ったが、そんなことをしてもネチネチと苛々を募らせる言葉を速射されるだけの気がした。
春輝は眉間に皺を寄せ、テーブルに肘をついてそっぽを向いた。
素面ではやってられないが、未成年の上に学院内でしかもまだ昼という状況下なので、忌々しいが理性的に答えてやる。
「……あのメイド服の先生は無能事務員に訊けって言っていたが、昨日は色々とありすぎて聞き忘れちまったんだよ。
誰かさんのせいでな」
当然、『誰かさん』のところを強調し、横目で朱音を睨む。
だが人の過去を晒しやがった腹黒のミス厚顔は、優雅な笑みを口端を吊り上げるように微かに変えて、
「あら、痴漢扱いされていた不審者を救ってあげた女神しかいなかったはずだけど?」
「言ってろ、性悪。
……とにかく、昨日は余裕が無かった。
んでもって、あいつとはろくに話も出来ていない」
苦々しい唇を噛み、親指を外側に向けて右の方にいる男を指す。
銀製のトレイを持った、春輝と同じく従育科制服を着た小柄な少年。
かなり速いのに動きは滑らかで、しかも背筋は心棒が通っているようにピンと伸びているのに堅い印象は薄いという、独特で朱音とは違う種類の美しさのある歩き方をしていた。
ただし、性格はあまり真っ直ぐじゃなさそうだけど。
従育科生徒の義務という給仕役をこなしている倉木は、相変わらず親しみやすさがどこにもない仏頂面だった。
いかにも事務的にやってますみたいな雰囲気がある。
まあ、 確かにあんまり楽しい仕事とは思えないから仕方ないか。
一週間毎に交替でやるので、来週は自分もあれをやらないといけない。
想像してみると……
うん、営業スマイルって言葉が空々しく思えるような表情でやっているだろうな。
「あいつって……へえ、倉木くんがルームメイトなんだ。
いいわねえ、春輝。
彼のファンは上育科にも多いのよ?」
「それを聞いて俺が喜ぶとでも思うか?
面は普通でいいから、もっと愛想のいい奴が同室の方が嬉しいっつーの」
「そんなに冷たいの?」
「教室で目が合った時、見事にシカトされたしな。
休み時間に話しかけようとしたら、察して逃げやがるし……」
偶然にも同居人となった倉木は自分と同じ1ノCの所属だった。
まあ、一学年につき三クラスしかないのだから高確率で同じクラスになるんだろうけども。
悲惨なことに、朱音の奴も1ノC。
それも隣の席。
あの事務員が変な気を回したか、もしくはどっかの神様の嫌がらせに違いない。
それにもう一人、これまた厄介な奴が……
「フフン、貧相で粗野な転入生と話をしている物好きな上育科の生徒がいるから誰かと思えば……藤條さん、貴女でしたの」
考えていた矢先、当人が現れた。
金色に輝く二つの立派なドリル……じゃない、縦ロールの髪をした、白皙で蒼い目の高飛車女。
ハーフかクォーターかは知らないが明らかに白人系の血が入っていて、容姿だけなら文句なしにかなりの美人といえる。
……が、性格に難がありすぎるので、積極的に関わりたくないというかむしろ避けたい。
なのにこいつも同じクラスだったりするから、やっぱり神様に嫌われているっぽい。
今朝、自己紹介をした時にこっちを親の敵でも見るような目で睨んでいたオレリア・紫苑・グランヴィルは、高圧的な態度に棘を潜ませて、朱音の背後で笑みを浮かべていた。
一方、朱音の方は着席したまま振り返り、「あら」と小さく呟いてから、
「誰かと思えばグランヴィルさんでしたか。
わたしよりも先に教室を出て行ったので、もう食事中かと思っていました。
もう食事は終わったんですね。
お腹を空かせた犬や馬じゃないんですから、早食いは良くないと思いますけど?」
「ッ、誰が犬や馬ですって!?
まだ食べ始めていませんし、そもそも注文した料理は届いていませんわよ!」
「あら、それじゃあグランヴィルさんは食事前に欠食児童のように物欲しそうな顔でうろうろと彷徨っていたんですか?
あまり行儀良い行動とは言えませんよ?」
すらすらと詩を朗読しているかのような響きだが、かなり酷いことを言っている。
しかもピンポイントでムカっと来るような局地戦用の毒舌だ。
住ました顔で微笑んで、どうしてあんなことが言えるのか。
人間って不思議だ。
ドリル女が顔を真っ赤にして激昂するのも、まあ仕方ない。
あれで怒らないのは聖人にでも祭り上げられそうな人格者くらいだろ。
性格の悪い奴っていうのはやっぱ敵に回したくない。
かといって味方にもつけたくないが。
昨日のように最悪の形で弄ばれて終わるのがオチだし。
現在のターゲットにされているドリルはどんな反応をしているのかというと、わなわなと唇を震わせて、これでもかというくらい目の端を吊り上げていた。
ただしそれでも蒼い瞳は綺麗で美人には変わりないのだから、容姿端麗っていうのは得だ。
怒る様が見苦しくないのは、傍観者としてはいいことだと思う。
そんな状態で、それでも必死に自制するようきつく拳を握り締めている。
たぶん、食事前に立ち歩くという自分のマナー違反の行動を指摘されたこと自体は正しいので、勢いに任せて反論できないんだろう。
そこだけ切り取るとなんか立派に思えるが、傷つけられたプライドは何かへと憤りをぶつけずにはいられないと、表情が語っている。
なんというか、お嬢様っていうのは難儀な生き物だな。
そう、他人事のように思っていた春輝だが。
不意に、オレリアの鋭く細められた瞳が自分へと向けられて思考が止まった。
ヤバ、と反射的に目を逸らそうとして、
「ちょっと、そこのボンクラ庶民!」
……遅かった。




