二話・3
朝の予感は気のせいでした。
「……肩透かしもいいところだ」
既に昼休みに突入し、食堂はなかなかに賑わっていた。
もうなんか無駄に煌びやかで、そこらかしこから「でしてよ」とか「連休はタヒチの別荘に」とか「あらまあ、〇〇様ったら」とか、いかにも雅な会話が聞こえてくる。
そんな中、突っ伏したテーブルに話しかけるように呟いた春輝は、冷たくも堅い木製テーブルの上で腕を組み、そこに顎を乗っけてため息を吐いた。
これからバリバリやってやる、と意気込んで登校し、まずは職員室に乗り込んだ。
そこで自分の所属することになったクラス担任と共に1ノBの教室に向かったのだが。
自己紹介の後で席に着き、それからSHRを挟んで始まった授業は、世界史。
こく普通にメソポタミア文明についての授業が行われ、呆然としている間に終わり、そして次に始まったのは数Aで、その次は……
結局、午前中は普通に普通の授業が行われただけで終わってしまった。
「……執事への道はどこ行ったんだっつーの……」
「さあ、果てなく遠くにありそうな気がするけど?」
「あ……?
って、お前かよ」
独り言に思わぬ返しがあったので顔を上げてみれば、いつの間にやら向かいの常に藤條朱音が座っていた。
肩まで伸びた薄墨色の髪がさらりと靡いているところをみると、どうやらここに来たばかりらしい。
なのにこっちの考えを全て見透かしているように微笑み、大きなアーモンド型の瞳を柔らかく細めて、小さな唇を綻ばせている。
自分が美人だと、どんな風に周りから見えるかを理解している表情だ。
なんかこう、見ていてムカっとくる。
のそりと体を起こし、ジロッと彼女を睨んでやる。
その程度で怯むような玉ではないと知っているが、今の気分だとそうせずにはいられない。
やはりというか、朱音は余裕の笑みのまま、逆にジロジロと春輝を眺めると、
「何度見ても意外ね。
その制服、割と似合っているじゃない」
「ちっとも嬉しくねえ」
「いやいや、本当に似合っているわ。
どこの安物フィルムから出てきたのかってくらい、三流マフィアの子分っぽいもの」
感心したような口調だが、間違いなく褒めていない。
だが、内心で春輝も『こいつ上手いこと言いやがった』と思ってしまった。
それくらい朱音の表現は的を射ている。
色褪せた茶髪で、右耳にはピアス代わりの安全ピンが縦に三つ並び、左瞼の上には小さな傷跡という元からの要素に、今はさらに制服が加わった状態。
その制服がこともあろうにどっかのレストランのウエイターみたいな服だから、ミスマッチで、とても胡散臭い仕上がりになっていた。
どーしてこんな服を着なくちゃならないんだと責任者に愚痴を言ってやりたいが、従育科の責任者はあのメイド服を着た冷血そうな深閑という教師らしい。
あんな、人を殺した過去を昨日の晩飯のメニューを挙げるように淡々と言いそうな奴に愚痴など言ったら、どんな目に遭わされるか分からない。
寿命が減るような事態はなるべく避けたいから、結局黙るしかない。
だからそっちへの文句はとりあえず保留にしておいて、まずは目の前の旧敵から倒そうと試みる。
言ってやりたい文句の数なら朱音の方が断然上だし。
「なんの用だ、この疫病神。
さっさと俺の前から失せろ消えろ成仏しろ」
「うーん、疫病神って言いながら成仏なんて言葉を使うのは頂けないわね。
減点よ、ボンクラ執事候補生の兵頭春輝くん」
「ケンカ売ってんのか、おい」
「あら、 売って来たのはあなたでしょ?
わたしって買い専門なのよ。
安い女じゃないから」
「……言ってやがれ」
吐き捨てるように呟いて、朱音の顔を視界に入れないようにそっぽを向いてメニューを手に取り眺めた。
忌々しいが、先に敵意を向けたのはこっちだ。
諸悪の根源は向こうだが。
ああくそ、性別が男なら問答無用で殴り倒してやるのに、なんでこいつは女なんだろう。
そしてどうしてこんなに性格が捻れていやがるのか。
腹にぐらぐらと煮えたぎるものを感じるが、これ以上朱音の相手をしていると血圧が上がるだけなので、もう無視してやることにした。
さっさと昼食を選んで、さくっと食って教室に戻ろう。
でないと血圧が上がって午後の授業どころじゃなくなる。
無視だ、無視。
そう思っている春輝をあざ笑うかのように、朱音は軽い声を紡ぐ。
「午前中は上育科も従育科も一緒に、普通授業。
そうしないとちゃんとした高校の習得科目がとれないじゃない」
「……」
言われてみれば確かに。
専門学校ならともかく、ラベールブロンシュは私立とはいえ高校なんだから、普通科目もあるに決まっていた。
色々と埒外の部分は多いが、一応は。
しかしそんなことに気付かなかったなんて間抜けすぎる。
いくらなんでもフツーは気付く。
認めたくないが、浮かれすぎで空回りしていたっぽい。
アホな自分が嫌になってきたので、それをポイ捨てするように意識転換。
幸いなことに、気になることが目の前に一つあるし。
春輝は手ぬぐいでほっかむりしている不審人物を見るような感じの目を、向かいに座る幼馴染みへと向けて、
「つーかお前、何で俺がそのことでへコんでたって知ってやがるんだ?」
「そりゃあ、ね。
午前の間、ずっと隣で微妙な顔したり頭抱えたりしていられたら気になって仕方ないじゃないの。
それでまあ訊こうとしたところにあの呟きよ。
ピーンときたわ」
んな馬鹿な。
普通、それだけでピンと来るはずがない。
やっぱりこの女は悪魔か妖怪か、とにかく怪しげな人外の眷属だ。
だから人のことを弄ぶことを生業としているんだろう。
ああそうだ、そうに違いない。
きっと影は尻尾付きで、ケタケタ笑いをしているんだ。
そんな性根が捻り曲がった悪魔女には関わっちゃまずい。
下僕にされるか餌にされるのがオチだ。
そう、春輝は思っているのに、
「それにしてもあなた、どうして時間割も知らないのよ?
深閑先生は教えてくれなかったの?
ルームメイトの子は?」




