一話・23
あんまりな言葉だが反論する気力はもうない。
他の人には聞こえない声量だったので、もうどうでもいい。
いや、しっかり傷つきはしたけれど。
ともあれ、これで問題は全て解決したことになる。
何もかもが綺麗に丸く収まる雰囲気だし。
「良かった、グランヴィルさんも理解してくれると思っていました」
丸く収まる雰囲気だった、はずなのに。
不意に、朱音がそんなことを言い出した。
何も言わずともこのまま終わりそうな空気だった。
それを朱音が感じていなかったなど、春輝には到底思えない。
その手の察知知能力は自分より世渡り上手の朱音の方が上のはずだ。
嫌な予感がする。
名を呼ばれたオレリアも眉ねを顰めるが、意図が分からないからか疑問の視線を送りつつも言葉は返さない。
だから続けて喋ったのも、当然のように朱音だった。
「何しろ春輝くんは小さい頃から素直な良い子でしたから。
わたしもしばらく会っていませんでしたし、再会した時には少し外見と雰囲気が変わっていて驚きましたけど、従育科に入ろうというのです、将来の夢も変わらないままだと思いましたよ」
「待て」
にこにこと語る朱音の真意に、春輝は気付く。
他の誰もそれに気付かない。
当然だ。
この場で共通の過去を有しているのは自分と朱音だけで、それがどんな爆弾なのかを知っているのも二人だけだ。
ただし、その爆弾が爆発したとしてもダメージを食らうのは春輝だけ。
「待ておい、何でそんなこと言い出す必要がある!?」
ある意味では不審者扱いされていた時よりも最悪な状況に、春輝は色を無くして問い詰める。
しかしやはり相手は手強く、
「ほら、皆さんの誤解を解くいい機会ですから、春輝くんが無害だということを証明する為にもここは一つ暴露しておこうかと」
朱音は、やんわりと微笑んだ。
それは昔と変わら意地悪なものを潜ませた、背筋を凍らせるような笑みだ。
一瞬、春輝の脳裏に過去の様々な記憶が蘇り、その為、反応が遅れた。
「ここにいる兵頭春輝くんの、小学生の頃の夢は、」
気がつけば、朱音はオレリア達に向けて爆弾発言をしようとしていて、
「待っ」
我に返った春輝は、それを止めようと必死になって朱音の口を塞ごうとして、
結果を、先に言ってしまえば。
ほんの少し、遅かった。
春輝が飛び掛かるのよりも早く、朱音は大きく息を吸い込んで、
「『可愛いお嫁さんになって、幸せな毎日を送ること』なんですから」
言って、しまった。
いつまでも耳朶に残るような錯覚に、春輝はがくりと膝を着く。
終わった。
何もかも終わった。
小さい時分の戯れ言だと笑い飛ばすには遅すぎて、何より春輝自身がちっとも笑えない。
辺りはシンとしたまま、朱音も、オレリアも、ななみも、他の女生徒達も、誰も言葉を発さない。
それはつまり、間違いなく、確実に、言い逃れようもなく、この場にいる全員に聞かれてしまった証拠だった。
永劫に続くかと思うくらい長い沈黙の後、
「……」
「……」
「……ですって」
「……まあ」
「……新妻……」
「……お見送りの……」
「……愛妻弁当……」
「……エプロンで……」
「……」
あちこちから囁き声が漏れ始めて、たまに聞きたくもない単語が聞こえたりして、こっちを見る視線はやけに柔らかくて……
いっそこの場で気を失ってしまいたい程の大打撃を受けた春輝は、ぼやけた視界の中、口元を手で隠して笑う朱音の姿を見ながら、思う。
最悪っていうヤツは底が知れない、と。




