一話・21
全員、沈黙。
その中で一人、うっとりと恍惚の笑みを浮かべる、自称『宇宙で一番注目されるべき男』。
救いの神でも、ただのバカでもなかった。
凄いナルシストの超絶バカだった。
やがて、羽柴はそっと薔薇を胸元へと戻し、流し目でこちらを見やり、
「僕が言いたいのはそれだけだ。
それでは諸君、またいずれ。
僕の美貌を是非見たい、その美しさを堪能したいという時はいつでもそう言ってくれたまえ」
事の成り行きを訊くことも、春輝の素性を尋ねることもせず。
言いたいことは言ったという満足げな表情を返し、来た道から去って行った。
十秒過ぎ、一分が過ぎて……それでも戻って来る気配は無く、誰もその場から動けない。
たっぷり三分は経った頃、ようやく悟った。
あのナルシスト野郎、本当にただ注目を浴びたかっただけだったらしい。
アホすぎて呆れさえ出来ない。
そこに、誰かの呟く声がする。
「羽柴様……本当は大吉って名前なのに……」
「しっ、それを本人の前で言ったら駄目ですわよ」
「そうですわ、軽く一時間は自分で付けた名前が如何にマッチしているかと語られてしまいますわ。
お似合いなのですから、良しとしましょう」
囁き合う会話の内容は、さらに頭痛を誘うものだった。
つまりあれは、偽名?
もしくはペンネームみたいなものか?
どちらにしても痛々しい。
それに大吉って。
確かにあの容貌にはまるで似合ってないが。
「ちょっとすみません、通してください。
はい、 ありがとうございます。
前へ……」
謎のナルシスト男が出て来て、帰って行ったのとは反対側から、そんな声かした。
その声には聞き覚えがある。
春輝は瞬時にそちらへと振り向いて、
「朱音かっ!?」
大声で呼んだ通り、薄い人垣を割って現れたのは間違い無く、数十分前に別れた朱音だった。
地獄に仏とはこの事だ。
よもや仇敵がこんなにも頼もしく思える日が来るなど、ついぞ想像したこともなかった。
感慨に耽っていると、朱音は小走りで寄って来た。
そして開口一番、
「ちょっと目を離しただけなのに、どうしてこんなことになってんのよっ」
澄ました表情のまま、小さな声に精一杯の苛立ちを含ませて、そう言った。
こっちとしては返す言葉もない。
なのでただ一言、こう言うしかない。
「……色々あったんだよ」
「その、あなた抱えている七瀬さんは?」
「あ?
この小学生のこと、知ってんのか?」
「や、小学生じゃないから。
小学生にも見えるけど、彼女は歴とした高校生だから」
真剣な顔で話す朱音の言葉を受け、抱いたままの少女の顔を見る。
どう見てもあどけない小学生の寝顔にしか見えない。
中学生にも見えない。
なのに、高校生?
「……マジか?」
「マジよ。
信じられないのも仕方ないけど……って、それどころじゃないわね」
その声に示されたように背後へと視線をやると、追いかけてきた面々が三メートル程の距離を残し、包囲を縮めて集まっていた。
そして集団の中から一人、別格のオーラを纏った女生徒が前に出て来る。
勿論というか、金髪縦ロールのオレリアだ。
彼女は春輝と朱音、そして『七瀬さん』と呼ばれていた少女へと順に品定めするような視線を送り……やおら手を腰に当て大きな胸を突き出すようにして、居丈高に言い放った。
「藤條さん、これはどういうことですの?
そこの不審者は貴方の関係者でして?」
「俺はっ、朱音?」
反論しようとしたが、隣に並んだ朱音に小さく手で制された。
それだけで大人しくするのは飼い慣らされているようで嫌だが、相手が相手なだけに、行動は控えることにする。
過去の経験と本能が、今は動くなと言っている。
実際、朱音はこんな状態にも関わらず微笑んでいた。
綺麗だけれど、同時に寒気を感じさせるある種の威圧感もある笑みだ。
ああ、なんかまた嫌な記憶が掘り起こされそうで見たくない。
「彼は従育科に転入が決まっている、今日入寮の生徒です。
昔、多少の縁がありましたので一応知古ではありますが……彼がどうかしましたか?」
親しい相手にそうするように、朱音は優しく問いかける。
しかし問いかけられたオレリアの方はその態度が気に入らないと言わんばかりに眉を跳ね上げ、忌々しげにこちらを睨んだ。
「そこの愚民、私を侮辱した挙げ句に痴漢行為を働きましたの。
他にもお二方、可哀相に気を失って……七瀬さんも酷い目に遭わされたに違いありません。
例え本当に転入生だとしても、所詮は従育科ですわ。
一刻も早く警備部、いいえ警察に突き出すべきですわ!」
鼻息荒く訴えるオレリアに、周りの女生徒達もそうだそうだと頷いて見せる。
旗色はかなり悪い。
しかし、
「まあ、それが本当なら大変な事態ですね」
そんな空気の中、朱音はどこかおっとりとした口調でそう言うと、微笑みを浮かべたまま春輝へと向き直った。
「ああ言っているけど、本当にやったわけじゃないでしょうね」
少し離れた他の面子にには聞こえない程度の小さな声で、脅しをかけるように確認を取ってくる。
今までの丁寧な喋りはどこへ行ったのかというくらい、たっぷり疑念が込められている。
朱音の奴、やっぱりこっちが素なのか。
怒鳴って返したいが、状況がこうなのでどうにか堪え、
「痴漢なんてしてないっての、事故だ事故。
不審者扱いされてむかついたんで、あいつの髪型をからかったら襲いかかって来やがって……それで結果的に押し倒すような形になっちまったんだよ」
「気を失った、という二人に関しては?」
「至近距離で目が合っただけで……倒れられた……」
「……七瀬さんは?」
そちらを問われると、如何とも言い難い。
たぶん、というかほぼ確実に、全面的に自分が悪いからだ。
何がどうまずかったのかは分からないが。
故々に迷った挙げ句、
「成り行き、としか言い様がない。
なんかよく分からないけど倒れちまって、放っておけないからこうなったんだよ」
結局、そうとしか言えなかった。




