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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 藤守 友


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一話・15

 生まれて初めて、殺気を発している人間と遭遇した。


 そして、オレリアという名前らしい金髪ドリルは、先程もしたようにすらりと伸ばした人差し指をこちらへと突き付けて、


「死罪、ですわ」


 見る者を魅了する上品な微笑みと共に、そう言った。


 そして次の瞬間には、ピンヒールの履物にも関わらず、猛烈な勢いで走り出した。


 自分に向かって走って来るドレス姿の女に、春輝はぎょっとしてしまう。


 サバンナを駆ける豹か、海原を華麗に泳ぐ鯱を思わせる美しい疾駆で、風に靡いたドリルが尖鋭さを増すくらいの速さだ。


 あんな細いヒールでどうすればこんな速度が出るのか不思議で……いやそんなことを考えている場合じゃない。


 けど、どう対処すりゃいいんだ、これ。


 判断に迷った挙げ句、春輝は逃げることが出来なかった。


 結果、あっという間に間合いは詰められてしまい、


「集中治療室にでも入って、たっぷり後悔なさい!」


 物騒なセリフと共に、顔を目掛けて拳が飛んできた。


 正直なところ。


 ドリル女が怒りに身を任せて殴りかかって来るのを見ても、別に危機を感じてはいなかった。


 そりゃぁ確かに驚いていたし美形だから迫力もかなりあったが、言ってしまえばそれだけだ。


 それなりに目を惹く外見をしているので街中で絡まれた経験も少なからずあるし、暴力沙汰も幾度かある。


 それを力でねじ伏せた経験も。


 逆にねじ伏せられた経験もある。


 何の自慢にもならないから言わないけども。


 所詮は女、それもお嬢様がぶち切れたくらいじゃ何とも無い。


 刃物を持ち出されたのなら話は別だけど、それもないし、ならどうとでもいなせる。


 そんな余裕は吹っ飛んだ。


 オレリアの身のこなしは予想外に鋭かった。


 しかも右フックにはちゃんと腰が入っていて、それが顔面に迫り、度肝を抜かれ、


「おぁっ!?」


 拳が前髪を擦る程の際どいタイミングで顔を引く。


 無様に声をあげてしまったが、何とか避けることは出来た。


 一瞬で体温が上昇して、嫌な汗が吹き出て背中と脇が寒くなる。


 避けたものの頭の中は真っ白になって、次の展開とか何がどうしてこんなことになったんだとか必要不必要問わずに思考が回らなくなり、


「ッ、このっ、往生際が悪いですわよ!?」


 すぐ側から聞こえて来た声に、視界の中で金色の海が凪いだ。


 言わずもがな、声の主はオレリアで、金色の正体は彼女の髪。


 それでもって、回転した体は流れるように左の肘打ちを放っていた。


「そっ、」


 そんな馬鹿な、と言いたかった。


 けど、そんな余裕はミリ単位で探しても存在しない。


 尖った肘が自分の鼻骨を砕くイメージが浮かぶ。


 冗談じゃない。


 食らえば本当にそうなる。


 だくだくと鼻血を流して地面に突っ伏すなんて、絶対に嫌だ。


 その一心で、仰け反った体勢からさらに首を左に傾け、それでも肘は迫って、鼻先を掠め、吹き抜けていった。


 避けきった。


 間一髪、本当にもう少しで悲惨なことになるところだった。


 だが、しかし。


 状況は、さらに厄介なことになっていた。


「やばっ」


 思わぬ鋭さで攻撃されて、体が反射的に殴り返そうと動き出している。


 しかも握られた拳が狙うのは顔面で……ヤバい、女相手にそれは洒落にならない。


 春輝は焦りながら、必死に意思の力で止めようと懸命に歯を食い縛る。


 その甲斐あって、下から掬うようにオレリアの顎を狙っていた右拳はピタリと静止。


 冷や汗が吹き出るのを感じながら、ホッと胸を撫で下ろし、


「キャアッ……?!」


 その短い悲鳴で、安堵はどこかへと消え去った。


 反応して横を見れば、ぶつかりそうなくらい近距離にオレリアの顔。


 蒼い瞳は見開かれ、動揺に染まっている。


 自分の攻撃が避けられるなどと疑わず全体重を拳に乗せていた結果バランスを崩したのか、運動に不都合な履き物のために足を滑らせたのか、或いはその両方か……いや、そんなことはどうでもいい。


 問題なのは、現実としてオレリアが体当たりに近い形でぶつかって来たこと。


 ただでさえ体の自由を失いかけていたところにそんなことをされて、バランスを保つ術なんて、もう残っているはずがない。


 倒れる、と思った。


 もうそれは避けられない。


 そのまま倒れるのはどうしようもないけど、地面は煉瓦敷きだ。


 このままだと相当に痛い思いをすることになる。


 腕の中に跳び込んで来た、手足が剝き出しのこの女もだ。


 くそ、ただの散歩でそんな恰好をするくらいならライダースーツでも着てくれていれば良かったのに、


 なんで選りに選って無防備に素肌を晒すような服を着て……いやそんなこと愚痴っている場合じゃない。


 咄嗟に周囲を確認し、何か掴まれる物はないかと探す。


 しかしそんな都合のいい物は存在せず、残酷にも固い地面は迫ろうとして、


 斜めになった視界に、濃緑の海。


 舗装された歩道の横に、芝生の緑が風に揺れて光って見えた。


「く、のっ」


 最後の意地で、浮きかけていた右足で地面を蹴りつける。


 その拍子にぐっと体を捻り、無茶な動きを強いられて背筋と脇腹が悲鳴を上げるのを聞きながら、倒れる先を煉瓦の舗道から芝生の上へと切り替えた。


 かなり無理のある行動に、二人でもつれて転がるように倒れ込んでしまう。


 それでも自分が下になるようにという努力は実り、背中に強い衝撃。


 息が詰まって、それから痛みが走る。


 やたら痛い、けどもそれだけじゃ勢いは止まらなくて、二度三度とゴロゴロ転がって、ようやくストップ。


 世界から音が消え去って、自分の心臟だけが跳ねている感覚が数秒続き……風に吹かれた芝が頰を撫でたところで、春輝はやっと安堵の息を吐き出せた。


 どうなることかと思ったが、どうにかなって良かった。


 幸いなことに怪我らしい怪我はない。


 自分がそうならドリル女の方も大丈夫だろう。


 やれやれと思いながら、状況を知るべく、転がっている途中に草が目に入りそうになって閉じていた目を開けて……


 言い訳出来ないくらい完璧に、オレリアを押し倒している状態だと知った。


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