九話・6
須野原の街は私鉄の駅を中心に繁華街が広がっているいうことで、車はアーケードの入り口の傍で止まり、春輝と朱音を降ろして去って行った。
駅方面は夏休みだからか昼前という時間帯だからか、自分達と同じ年頃の若者があちこちにいる。
有名チェーン店の看板なんかもあって、それだけでとても懐かしい。
しかし……二人きりになると、やっぱ緊張するな。
いやまあ、ちょっとだけだけど。
やることは男友達とする内容と大差ないって理解してるし。
それに空白期間は長いけど、一応は幼馴染みだ。
しかもラベールブロンシュでは貴重な、話の通じるお嬢様ときている。
親の再婚で一躍金持ちの令嬢になったけど、根本的な部分は昔と何も変わってないし。
……出来ればもう少し大人しく、円い性格になっていてくれれば助かったけど……悪化しているよりはマシだしなぁ……
春輝がそんなことをしみじみ考えていると、車外に出た開放感からか伸びをしていた朱音がくるりと回るようにしてこちらを向き、
「さーってと、まずはどこに行こっか?
まだご飯には少し早いよね」
「そうだな、あんまり腹減って無いし。
それにどこに何があるかも知らないし、適当にぶらつくか?」
「うん、それで行きましょ。
繁華街って言っても渋谷や新宿と比べれば小さいものなんだから、通り見て回ってもそう時間はかからないはずだしね」
そう言うと朱音は早速歩き出す。
気が早いというかなんというか、さりげなく主導権を握る辺りがらしいというか。
ともあれ、春輝としても自分が出した案が採用された形なので異論はなく、追いかける形で歩き始める。
けど……朱音の奴。デートとか言っておきながら、色気のあることは全くしてこない。
いや別に期待していた訳じゃないし、そんなことされても困るだけだからいいんだけど。
ただ何となく、ちっともデートっぽくないじゃんかと思っただけで。
と、そんなことを考えながら横に並んだ瞬間、朱音が悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「ふふっ……春輝、もしかして手を繋いで欲しかったりする?」
「だっ……んな訳ないだろ!
ったく、アホなこと言ってんなよ」
「えー、図星なんじゃないの?
ほら、こっちから誘ったんだし、腕くらい組んであげてもいいけど?」
「……いやそんなんいいから。
歩きにくいし暑苦しいし」
ため息混じりに素っ気なく断り、春輝は視線を朱音から街並みへと移す。
内心ではちょっとどぎまぎしていたけど、上手く誤魔化せたはずだ。
いやまあ、この年頃なんだからそれなり以上に可愛い異性と密着出来ることを喜ばない方がおかしいんだけど、何しろ相手はあの朱音だ。
これ以上弱味を握られたく無いし、誘惑めいた態度の裏には自分程度じゃ理解出来ない策謀が繰り広げられているに違いないんだから、触らぬ神に祟り無しの方向で。
それでも残念がっている部分があるから、男っていうのはどうにも駄目だなー、と思い知らされる。
もう一回誘惑されたら迷ってしまいそうだし、問答無用でくっついてこられたらたぶん振り解けない。
まあそんな心配は杞憂らしいけど。
朱音は須野原の街並みに目を輝かせていて、ついさっきのやり取りなんてもう遥か彼方へと忘却されているっぽい。
安心半分物足りない気持ちも半分という、何だかもやっとした感覚を抱えながら、春輝もアーケード街のあちこちへと視線を向けた。
自分ばかり気にしているのは情けない上になんか癪に障るので。
しかし……ありふれた街並みだけど、それが凄く安心するなぁ。
俗世がこんなに落ち着くなんて、やっぱオレリアに言われている通り自分は庶民なんだなー、と再認識させられる。
しかもそれがちょっと嬉しかったりするし。
自分でさえこうなんだからお嬢様生活が長かった朱音はもっとくるものがあるんだろうと、春輝は隣を歩く幼馴染みの顔を見てやろうと振り返り、
「あっ、ねぇ春輝!
ちょっとあそこに入らない?」
丁度のタイミングで声を掛けられ、内心ではちょっとビビリながらも平静を装って、そのまま朱音が視線で示した建物を見た。
隣にある雑貨屋の二倍以上の幅があるその建物が何なのか、明るい看板と路上にはみ出すようにディスプレイされた筐体を見れば一目瞭然。
ついでに言うと、そこが何なのかを認識した瞬間、春輝は少しだけ体温が上がったような気がした。
「ゲーセンか……!」
「結構大きい、かな?
三階建てで……あ、地下もあるのね」
朱音の声も弾んでいるように聞こえた。
昔に比べると女性客も増えたらしいけど、それでもどちらかと言えばゲーセンは男の溜まり場だ。
なのに嬉々としている辺り、やっぱり朱音は並みの女じゃないというか、刺激に餓えまくつているのか。
まあ、春輝としてはどっちでも構わない。
要は、どちらも文句なしにここへ入りたがっている事実があること。
それが大事だ。
「んじゃ、ちょっくら入るか?」
「うん、入りましょっ。
えっと、格闘ゲームは地下ね!」
「は?
格ゲーっておいっ、ちょっと待てって朱音!」
先行してゲームセンターに突入していく朱音の背中を慌てて追いかけ、春輝も店内へと入る。
地下へ続く階段を下りた先は数十台の筐体が整理されて並ぶ、割と明るく開けた空間だった。
春輝が昔よく行っていたゲーセンに比べると、こざっぱりとしていて居心地も悪くない。
まあ、騒音と微妙に濁った空気がむしろ落ち着くってこともあるんだけど。
昼前だからガラガラなのかと思いきや、台の三分の一は埋まっていた。
特に五十円でワンクレジットの対戦台は後ろで順番待ちしている奴等もいる。
この雰囲気の中、朱音は明るい笑顔で興味深そうにフロアを見渡して、
「わー……こんな風になってるんだ。
ね、あれって向かいの台に座っている人と対戦してるんだよね?」
「そうだけど……お前、ゲーセン入ったことないのか?」
「カジノにならあるんだけどね。
ゲームセンターって小さな時は出入り禁止されてたでしょう?
で、お母さんが再婚してからは滅多なこと出来ないし、中学以降はラベールブロンシュで寮生活。
たまの休みに一人でこういう所に入ろうだなんて思わないもの」
「なるほど、な」
言われてみれば納得だ。
元々ゲーセンは女一人で入るにはやや抵抗がある場所だし、お嬢様ともなれは尚更か。
こいつの外面の良さを考えれば絶対に対面を気にするだろうし。
男が好むような遊びも好きだった朱音からすれば、ゲーセンは来たくても行けなかったプレイスポットというわけか。
独特な雰囲気といい激しい音と映像といい、そして対戦という分かりやすい闘争といい、どれも魅力的に感じているに違いない。
ならここは先達として、一つ手本を見せてやるべき、
「あっ、『Endless Fall』の新しいやつがある!
ねえ春輝、あれやりましょうよあれっ!」
はしゃぐようにそう言うと、朱音はさっさと件の台へ近付いて行く。
機先を制された形になった春輝は、とりえずため息を吐いた。
人が良かれと思って行動しようとした矢先に、あの幼馴染みは。
どれだけ行動力とリーダーシップが溢れそうになっているんだか。
まあでも、春輝も朱音の言うゲームには少なからず興味があった。




