九話・5
たかだか半年足らずの従育科生活で変化を期待する方がおかしいのかもしれないけれど、家が没落して苦汁を吞まされ、その上で家族を背負って行こうと決意をしたのだから成長の片鱗くらい見えてもいいはずなのに……
思考も行動もどこか抜けていて、マイペースで人を巻き込み振り回す癖に、安易に他者の影響を受け容れる。
どこまでも騙されやすく、放っておくと目も当てられない状況に陥ってしまいそうなので、多少迷惑を被っても見放す気になれないという……本当に困った同級生だ。
早苗が本気であの兵頭春輝を好いているかどうかはかなり怪しいところだけれど、本人としては行動するに十分な理由なのだろう。
良くも悪くも前しか見えていない彼女には細かい理屈なんてどうでもいいに違いない。
……それにしても。
「貴方達……百歩も千歩も譲って、行動の是非は問わないことにしますわ。
けど、何ですの、その格好は?」
「おおっ、どうやこれ!
カッコええやろ!?」
そう言って、香取は得意気にサングラスを装着した。
念の為に言うと、これっぽっちも格好良くはない。
黒いスーツにサングラスだなんて夏という季節を完全に無視している上に、着ている人間が軽薄だから尚更印象は悪い。
ただ、それ以上にオレリアが分からないのは、早苗の方だ。
「鳳凰寺さん貴女はどうして、メイド服をきてますの?」
「えっ?
たって私、私服は殆ど処分してしまって……」
「だったらお姉さんに借りればよろしいじゃありませんの!
ラベールブロンシュの外へ、しかも休日だというのにそのような格好を……」
「そ、そんなこと言われても、お姉ちゃんとは服の趣味が合わなくて……それに制服なんですから、外出する時に着ていてもおかしくないはずです!」
「確かに普通の制服ならそうですけど、メイド服で遊びに行く人間はどう考えてもおかしいですわよっ!」
本当に頭が痛くなってきて、オレリアは怒らせていた肩を落とし、深々とため息を吐いた。
全く、どうしてこんな二人組と一緒に過ごさなくてはならなくなったのか。
きっと数十メートル先を行く車では、藤條朱音が兵頭春輝と楽しげに会話を繰り広げているのだろうに……それに比べてこっちは……
もう今ぐ帰って不貞寝したい気分に陥り、オレリアは物憂げに視線を窓の外に移した。
車窓から見える景色は既に雑多感が強くなり、ラベールブロンシュから最も近い繁華街の須野原はもうすぐそこだと分かる。
ここまで来て帰る、というのは、やっぱり馬鹿馬鹿しい。
「まっ、あれや。
オレリア嬢一人でおるより、どうせならオレらと一緒の方がいざという時に役立つで?」
「……何ですの、そのいざという時って。
暴漢が現れた時に盾にでもなると言いまして?」
「そこまでの非常時やなくてもそうやな、嬢さん一人やとナンパがうるさくて大変やで?
何やねんその谷間アピールしまくりの服は。
んなもん見せつけられたらひょこひょこ男が寄ってくるのは間違いないで」
「……フン、大きなお世話ですわ」
微妙にセクハラな香取の言葉に、オレリアは素っ気なく返し、けれど内心では『確かにそうかもしれませんわね』と認めていた。
国内、国外を問わず、自分に声をかけてくる男は少なくない。
街中に一人でいれば、まず間違いなく十分以内に声をかけられる。
それをあしらう術はとっくに身に着けてはいるものの、そんな輩に気を取られていれば標的を見失いかねないし、騒ぎになれば向こうに見つけられてしまう可能性もある。
その点で言えば、確かに二人の存在は助けになる。
女二人ならともかく、そこに男が一人いるとなれば声をかけてくる確率はぐっと減るはずだ。
「それにやな。
ハルハル達に見つかったとしても、オレと鳳凰寺の二人を連れていれば、買い物をしに来たと言えば押し通せるやろ」
「つまり、貴方達を荷物持ちとして同行させていると?」
「イエスッ、その通りや!
その方がこっちとしても都合がええねん。
主導しとるんがオレリア嬢なら、ハルハルもそこまで怒らんやろうし。
もしもオレと鳳凰寺だけが見つかったら、後でどれだけ酷い目に遭わされるか分からへんし」
「倉木さんが一緒に来てくれたら心強かったんですけど……行きたくないって言われてしまったんです」
早苗が残念そうに呟いて、それに香取が「全くや」と同意を示す。
「何だかんだでハルハルは倉木に甘いしなぁ。
あいつがおれば後でボコ殴りの目に遭う可能性も激減するっちゅうのに」
さめざめと語られる内容に、従育科の力関係が何となく見えた。
いつの間にか、あの粗野な庶民の編入生はそれなりのポジションを確保しているらしい。
自覚はまるでなさそうだけれど。
目つきが悪くて口も悪い春輝の顔を思い浮かべ、その横に出て来た藤條朱音のにこやかな笑顔に、オレリアは小さく舌打ちをした。
どうして自分がこんな意味不明な苛立ちを覚えなきゃいけないのかと、そのこと自体にもストレスを感じて……覚悟を決めた。
「分かりましたわ。
甚だ不本意ですが、同行を許可しますわよ」
「お、ホンマか?」
「わぁ……オレリアさんとお出かけだなんて、凄く久しぶりで嬉しいです!」
嬉しそうな香取と何かおかしな喜び方をしている早苗に、オレリアは「ただし」と掌を突き付けて、
「勘違いしないで貰いたいものですわ。
私が気にしているのはあくまでもラベールブロンシュの風紀と伝統に泥を塗るような事をあの二人がしでかさないかであって、別に二人がデートをしようが結婚しようが私には……ちょっと貴方達っ、聞いてますの!?」




