九話・7
「EFの新作か……そういや夏に出るって噂があったっけか」
去年の春にゲームセンターに登場した『Endless Fall』は爆発的に人気の出た格闘ゲームで、春輝もラベールブロンシュに入るまでは何度となくやった。
前の学校の寮でも広まり、こっそり持ち込まれた家庭用ゲーム機と液晶テレビで大会まで行われたくらいだ。
基本的には普通の格闘ゲームと同じだけど、開始と同時に地面が崩れ落ちて落下しながらの戦闘になり、タイムオーバーの瞬間に相手より高い位置にいれば体力ゲージを無視して勝利することも出来る、という露骨な逃げの戦法も有りな造りが逆に闘争心を煽るということで、大人気になったゲームだ。
その新作が出たというなら、当然やりたい。
ラベールブロンシュにいた間はすっかり忘れていたけど、こうして目の前にしたら、そりゃあもうやりたくてうずうずする。
「ね、春輝。
ちょっと一勝負してみない?」
そこに嬉しさを堪えきれないって感じの笑みを浮かべた朱音が切り出してきたんだから、返す答えは決まっている。
口端を吊り上げて不敵な笑みを作り、春輝は
「いいぜ?
ただし、手加減なしな」
「うん、わたしもやったことあるからそれでいいわよ」
「おっけ。
んじゃ、やるか」
言って、春輝は反対側へと回り込む。
朱音とほぼ同じタイミングで硬貨を投入してキャラ選択に入ると、前作とは少し変わった画面の中によ見たことのない新キャラクターもいて、それだけでもテンションが上がる。
春輝が選んだのは前作でも使っていたバランスのいい長刀使いの詰め襟男で、朱音は小さな女の子で鉄骨を振り回すというトリッキーなキャラを選んでいた。
見た目は可愛くて、一撃の攻撃力が凄い反面、隙が大きくておまけに扱いづらい技が多いという厄介なキャラだったりする。
朱音には悪いが、これは圧勝の予感。
ただでさえ向こうは対戦経験が無いんだし、前作だとそこそこ強かった自分が本気を出せば、まあ九割方勝てるだろ。
だから手加減してやるべき、なんだろうけど。
ここは本気でやるしかない。
いやいや、昔の恨みをゲームで晴らそうなんて思っちゃいないよ?
ただ、負けず嫌いでプライドの高い朱音が手加減されたと分かった日には勝った時以上に恨まれそうだし。
だから、うん、仕方ないんだ、本気でやるのが互いの為なんだから。
やー、参った参った。
仕方ないから、本気で行こう。
ついレバーを握る手に汗が滲むのを一度ジーンズで拭って、春輝は真剣に画面を睨む。
そして『Ready……』の表示が消えると同時に、長刀使いと鉄骨少女が立っていた地面が崩壊し……
約十分後。
春輝は楽しそうにレバーとボタンを操作する朱音を、斜め後ろから呆然と見ていた。
三本先取の戦いは、春輝の四十七秒ストレート負けという形で決着した。
ちなみに三本目は一撃も食らわすことが出来ずにパーフェクト負けというおまけ付さで。
「……なんで?」
「んー?
なんでって、何が?」
カチャカチャと操作を続ける手は止めず画面から目を離すこともなく、朱音は気楽な声でき返してきた。
一方画面ではぶん回された鉄骨が見事に相手キャラの脳天をぶち割り、ほぼ同時に台の向こう側から悲鳴のような男の嘆きが聞こえてくる。
春輝には向こうにいる見知らぬ男の気持ちが良く分かる。
ほんの少し前自分もそれを味わったばかりだから、それはもう明確に分かる。
だって……なあ。
扱いづらいと有名なキャラだってのに、大振りで致命的な隙を作りまくるキャラだってのに、そんな不利をポイ捨てしたかのように次々と技を決められこっちの攻撃は潰されて、終いには逃げることも出来ずにゴズッと脳天を割られると。
そりゃあ我が目を疑いたくもなるっての。
そんな朱音の強さに興味を抱いた奴が次々に挑戦しては葬られていく。
しかも恐ろしいことに、朱音の調子は下がるどころか上がっている。
「あのどうしてそんなに強いんすか、朱音さん?」
「だってわたし、家でやり込んでたもの。
冬休みと春休みに」
「……はぃ?
だって、え?
前作の家庭用が出たの、今年の三月末だぞ?」
「去年の終わり頃にね、っと……パーティーでここの会社の会長さんと会って、なんか気に入られちゃったのよ。
そうしたら二日後、家に筐体が届けられて……よいしょっ……で、ストレス解消に丁度良かったから、暇を見つけてはやってたの」
心温まるエピソードに、春輝は絶句したまま動けなくなる。
思わぬ形で金持ちパワーの凄さを思い知らされた。
気に入られたらゲームの筐体が届くって。
それはどんなお歳暮だ。
こっちがどれだけ衝撃を受けているのかまるで理解していないらしい朱音はゲーム画面から目を離さないまま、
「前作と違う部分もちょこちょこあるし対人戦は初めてだし、なかなか思い通りにいかなかったけど……うん、大分マシになってきたかな」
「そーですか」
「さーってと、今度は新技の性能を試して……ああっ、今の技、判定広すぎないつ!?」
「……いやー……いいんじゃないかな……」
ちょこっとゲージが削られただけの朱音に対し、向こうはもう瀕死だから。
瀬戸際だから。
それに誰も自分用筐体は持ってないだろうから。
そして、ふと気が付けば。
地下にいる人間の殆どが朱音のいる対戦台の周りに集まっているという、熱狂的な状況が出来上がっていた。
朱音のヤツもそれに気付いているようで、テンションはさらに上がっている。
なのに操作は正確で、鉄骨による虐殺ショーは勢いを増すばかり。
そんな中、春輝は一人置いてきぼりを食らったように落ち込んだまま、ため息を吐いてこっそり、呟く。
「俺は、格ゲーですらこいつに勝てないのか……」
その声は、アニメ声の少女キャラがぶん投げた鉄骨による大破壊音に掻き消された。




