九話・3
一夜明けて、翌日。
「んで、どこに行くんだ?」
「近くの繁華街よ。
といっても、ラベールブロンシュからだと車でも二十分はかかるんだけどね」
「ああそこか……前に香取達と遊ぼうかと思ったんだけど、車出して貰えない俺等には遠いから、行く気になれなかったんだよなー」
しみじみと呟いて、春輝は後部座席に深く背を預けた。
徒歩だと軽く一時間半はかかる。
今の従育科の面子なら往復して遊ぶだけの体力はついている……とはいえ、ただ遊ぶのにそんな長距離歩きたくはないし、鬼だって『勘弁して下さい』と泣きを入れそうな深閑のハード授業を連日こなしているわけだから、休日くらいはゆっくりしていたい。
なので話には出たけど計画が立たないまま有耶無耶になっていた。
だからこうしてひょいと車を出して貰える身分の上育科生が羨ましい。
「これ、BMWだっけか?」
「そうよ、高級車としてもそれなりにクラスの高いやつ。
座り心地で分かるとは思うけど」
「つーか、絨毯が敷かれた車って段階で俺の想像の外だよ」
ため息混じりに春輝がそう言うと、朱音はくすりと小さく笑った。
正直、正門前に止まっていたこの車に乗り込む朱音を見た時、春輝はこの車に乗りこむともみを見たとき、春輝はこの幼馴染みが上流階級の人間だと改めて思い知らされた。
ピカピカの白い車があって、その前に立っている五十は過ぎてそうなスーツ姿の髭紳士が自分達に向けて深々と頭を下げるんだから、そりゃもう畏まってしまうのも仕方ないはず。
やっぱラベールブロンシュブランドに浸かってはいてもこちとらバリバリの一般庶民だ、そんな反応してしまうのも当然やむを得ないことですよ。
……つい香取並みの土下座で対応しそうになったのは絶対に秘密だけど。
対して朱音は立派なもので、さらりと「澤井さん、ご苦労様です」と言うだけでセレブ空間を受けいれた。
元庶民とはいえ、六年も上流社会に揉まれていた奴はやっぱり違う。
それでも、こうして車内で横並びに座っていると、そんな感慨も自然と消えていくから不思議だ。
たぶんその理由の一つとして、着ている服が大人しめって言うのもあるんだろうけど。
ピンクのキャミソールっぽいシャツを重ね着して、下はデニムっぽい短めのスカートっていう格好は、あんまりお嬢様らしくないし。
「ラベールブロンシュにいた時は私服も派手だったり高そうだったりしたけど、今日は随分と庶民派の服を着てるんだな?」
「状況と場所に応じて、ね。
ああ言っておけば春輝がどんな服を着てくるかは大体想像しているから、並んでも浮かないように見繕ったの」
「……なるほど」
春輝の方は何やらやたらと英文がプリントされまくったグレーの半袖シャツに薄地の黒いジーンズといった格好なので、確かに隣にいても違和感は少ないかもしれない。
昨日朱音はああ言っていたけど、張り切って着るような服なんて持ってないし、そもそも相手が相手でやることもただの遊びなんだから気合いを入れすぎるのもアレだと思ったから普段着にしたわけだけど、その選択は読まれていたということか。
まあ、過度に期待されるよりはマシか?
それに、
「どこぞのドリルみたいに目立ちまくりの服と髪型だと、変に注目されて居心地悪いだろうしなぁ。
まあでもあいつの場合、どうしたって目立つ気もするが」
学内だろうと実家だろうと露出が多くて派手な服装を好んで着ているような奴だし……と、春輝が金髪でクォーターなクラスメイトのことを思い浮かべていると、
「……こら、春輝」
何故か朱音が、じとっとした目をこちらに向けていた。
「言ったでしょ、今日はデートって。
なのにいきなりここにはいない異性を引き合いに出すなんて、マナーがなってないわよ」
「そんなもんなのか?
けど、それだと会話の難度が物凄く上がるように思えるんだが……どうしろと?」
「絶対に口にしないで、なんて言ってないわよ。
ただ、もう少しデートの相手を思いやるというか、ちゃんと意識するというか、そう、配慮の問題ね。
分かる?」
「何となく」
本当に何となくしか理解出米なかったので遠慮気味に返すと、それでも朱音は「よろしい」と鷹揚に頷いて口元を綻ばせた。
そんな幼馴染みの様子で、春輝は今更ながらに気が付いた。
今日の朱音は、なんだかテンションがおかしいような……?
漠然とそう思い……春輝は内心で首を傾げつつ、段々と繁華街っぽくなってきた窓からの街並みに視線を移した。
どうやら、そろそろ到着するらしい。




