八話・23
帰りの車中。
藤條朱音は揺れの少ないリムジンの中、外の景色に目を向けながら、意識は全く別の方へと傾けていた。
二泊三日の試験はそれなりに楽しくて、スリリングでもあった。
少しはしゃぎすぎたかもしれないけど、許容範囲内で納まったと思う。
退屈凌ぎとしては十分、のはずだったのに。
「……ねえ、倉木くん」
「何だ?」
ため息を吐きたいのを堪えて同行しているパートナーに声を掛けると、素っ気ない応えがあった。
これがいいという同級生はたくさんいるけど、朱音は賛同出来ない。
色々と知っているせいもあるけど……いや、今はそんなことは問題じゃない。
問題なのは……
「質問があるんですけど、ちょっと考えてみてくれますか?」
「……?
別に構わないが」
「あなたには仲のいい異性の友達がいます。
恋愛感情は抱いてないけれど、好きと言える相手です」
「……?」
困惑している気配が伝わってくるけど、朱音はそれを無視して言葉を続けた。
「あなたは、その友達が異性とキスをしている場面を目撃してしまいます。
キスをしていた相手……つまり自分と同性の人物を、あなたは嫌いではありません」
「ふむ」
「なのに、もやもやとした感情が胸に渦巻いて離れません。
倉木くんは、これをどういうことだと思います?」
言いながら、朱音の脳裏に浮かぶのは、深夜の、テラス。
寝ぼけ眼で見た、煌めくような金髪の少女と、幼馴染みの少年が接近して……そしてキスをしていた。
間違いない、と断言は出来ない。
遠目だったし、慌てて逃げてしまったから。
けど、翌朝の二人の様子、互いに意識し合って、ちょっとした会話でギクシャクしていた、あの雰囲気……
「藤條の質問意図は分からないが……それは、たぶん嫉妬というやつなのだと思う。
僕はその手のことに疎いから、確信は無いが」
「そう……ですか」
迷いながらも出された答えに、朱音はそれ以上のコメントを返せなかった。
嫉妬……やっぱりこれは嫉妬なんだろうかと、自分の胸を見る。
そんなわけ、ないよねぇ?
だって嫉妬するっていうことはつまり……相手が特別の人、っていうことで。
ああでも友達に対する嫉妬もあるって聞くから、別にそう、男女としての、恋愛感情からくる嫉妬とは限らないはず。
春輝はそれなりに仲の良い男友達だし、グランヴィルさんは……反りは合わないけど、嫌いじゃない。
あの真っ直ぐなところは好ましいとさえ思う。
頭を使って婉曲に物事を進めようとすると空回りするところなんて、もうたまらない。
二人揃えて手玉に取っている時なんて日頃の退屈を少しも感じなくなるくらい楽しくて仕方なくなる。
けど……二人が、付き合う……?
「……ううん……」
例え……そう、例えグランヴィルさんが春輝に好意を抱いたのかもしれないとしても、別に告白したっていうわけじゃないのだろう。
すぐにどうこうなる、っていう可能性は低いはず。
二人の間には様々な障害があるわけだし。
でも、もし、万が一。
付き合う、付き合わないという結果は度外視するとして。
二人が、互いに好意を抱いているとしたら……?
その時、自分はどうしたいんだろう……?
「……」
静かな車中、朱音は考えに考えを重ねて……そして、諦めた。
どれだけ考えても、それが正しいのかは分からない。
自分のことなのに情けないけど、気恥ずかしさが邪魔をして、客観的に分析だなんて無理。
ならどうするか、答えは簡単。
「ちょっと、確かめてみようかな」
自分がどんな感情を、どんな想いをあの少年に抱いているのか。
少し怖いけど、知ってみるのもいいかもしれない。
そう考えて、ゆっくりと瞳を閉じた。




