八話・21
どたばたとした一日を過ごしても、夜も深まれば自然と空気は穏やかになる。
それは夏でも冬でも、ラベールブロンシュでもオレリアの家でも変わらない。
日付が変わってリセットが起こる訳じゃないけど、一日の終わりが近付くと、何故かは分からないけど少しだけ安心する。
「むう。
まずいな」
二階のテラスで夜風に当たっていた春輝は、ぽつりと呟いて首筋を掻いた。
こんなことを考えていたらまた朱音のヤツにからかわれそうだ。
いかんいかんと、感傷に浸るのを中断する。
柄じゃないし、冷静になって思い返すと恥ずかしくなるし。
それにしても、今日は色々とあった。
朱音達は来るし、砂浜に埋められるし、オレリアは溺れて危ないところだった。
その後も、家に戻ってビリヤード対決をしたりポーカーに興じたり楽しくごせたし、ゲームでは散々な目に遭った。
一番酷かったのはあれだ、一人でゆっくり風呂に入っていたところを朱音達に覗かれたときは泣きそうになった。
……というか皆が消えてから湯気の中でこっそり泣いた。
もう少しで色んなところを見られてしまうところだったし。
泊まっていくことになった朱音と倉木を交えての夕食の席も、挑発あり口論あり耐久タバスコぶっかけ祭りありで盛り上がったし。
何故かアンナが酒を勧めてきて、それをオレリアが青くなったり赤くなったりしながらそれを止めたりしたけどあれは何だったのか。
飲む気は全く無かったけど、かなりおかしな一幕だった。
まあ、でも、何はともあれ。
こうして一日が過ぎてみるとやっぱり、悪くない一日だったと思える。
本当は日々平穏が一番なんだけど、刺激がある上に最終的には誰も傷つかずに事が済むのなら、それはそれでいいことなのかもしれない。
「いくら夏でも、風邪を引きますわよ」
「気遣いは有り難いが、まあ大丈夫だろ。
ラベールブロンシュに入って鍛えられたからな」
唐突に聞こえて来た背後からの声に、春輝は振り向かないまま応えた。
誰か、なんて見なくても分かる。
夜闇に溶けることのないハッキリとした声はいつもより若干静かな色で聞こえてきたけど、だからつて間違えるわけがない。
「それで、何か用か?
流石に疲れたし、そろそろ寝るつもりだけど」
「すぐに済みますわ。
でも、そうですわね……あと三分だけでいいですわ。
そのままでいなさい」
「……あいよ、了解」
素直に承諾して、春輝はくるりと体を反転させて手摺りに背中を預けた。
いつもなら命令口調に反発しているところだけど、今日は疲れたし、何よりもう時間が遅い。
寝ているヤツもいるだろうから、うるさくするのは良くない。
月光と廊下に灯っている小さな洋燈の明かりに照らされたオレリアは、薄手のガウンを羽織っていた。
その下に何を着ているのか、ちょっと気になる。
とりあえず疾しいことは考えないよう心を無にしようと努力しながら、春輝はオレリアの出方を待つ。
どうやら自分のタイミングを測っているオレリアは、十数秒の沈黙の後で真っ直ぐに春輝を見て、口を開いた。
「まだ、ちゃんとお礼を言ってませんでしたわね」
「ん……いや、別に礼なんていらないけどな。
お前らしくもないし」
わざわざ改まってそんなことを言われるとこっちが照れるので茶化すように言うと、オレリアは目を細め、
「それは貴方の認識が間違っているだけですわ」
いつものようにテンションを上げて怒るのではなくて、静かに、けれどハッキリと断定する口調でそう言った。
春輝はそれに軽口を叩いて返すことも出来ない。
やけに真剣な目をされてしまい、ただどぎまぎしながらオレリアの言葉に耳を傾ける。
「前も言いましてよ。
私はオレリア・紫苑・グランヴィル。
『紅き羽根の水鳥』の紋章を冠に頂く名門貴族の血筋にして、伯爵である当主の孫娘ですわ。
貴族というものはその出自に胡座を掻くのではなく、然るべき振る舞いや責務を全うしてこその貴族なのですわよ。
私は『高貴なる義務』を果たせず、ただ見栄を張るだけの下賤な者に成り下がった覚えはありませんわ」
「……そう、か」
頷いて、春輝は編入したばかりの頃のことを思い出した。
確か食堂で対立した時、似たようなことを言っていた。
そしてその時もちらっと思ったけど、毅然としているオレリアは、ヤバイくらいに魅力的に見える。
いや元から綺麗な顔立ちしているし、空回りしているドリルもいいんだけどそれとは別で、見ているだけでこっちの体温が上がるというか、目が離せなくなるというかぶっちゃけると、軽く尊敬してしまうくらい輝いているように感じる。
いっつも偉そうでどうしようもなく好戦的で我が儘なヤツだけど、自分が何者か、これから先どうやって生きていくのかをハッキリ理解して動いているのは、正直凄い。
従育科に入ったとはいえまだまだ将来が不確定で不安も多い自分とは段違いだ。
だからこそ、貴族の在り方を語る時のオレリアに見惚れてしまう。
んなこと口が裂けても本人に言うつもりは無いけど。
軽い金縛りにあっているように、体の動かし方を忘れてしまったみたいに春輝は突っ立ったままの状態で、オレリアの一挙一動に注視する。
ふわりと、夜風に長い金髪が揺れた。
それをオレリアは左手で軽く抑え、




