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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 神泉 朱之介


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八話・19

「おお……もうあんなに」


 二人がいた辺りから、海にぽつんと浮かんでいるブイまでの中間辺りに、殆ど並んだ状態でデッドヒートを繰り広げていた。


 その光景に、春輝は素直に感心する。


 朱音のヤツ、言うだけのことはある。


 手足の長いオレリアの方が有利だろうに、無駄のないフォームで上手く泳いでいる。


 オレリアが少しだけリードしているのは、たぶん泳ぎ始めるまでのダッシュで出来た差なんだろうな。


 朱音も別に足が遅いわけじゃないけど、オレリアの奴はかなり速い方だから。


 つまり、泳ぐ速度はほぼ同じ。


 しかも二人とも速い。


 確かにこれならそこいらの男にも負けないはずだ。


 にしても、往復で四百メートルあるっていうのに、二人ともクロールか。


 そりゃあ平泳ぎに比べれば断然速いけど、その分かなり疲れるのに。


 特に海だと呼吸のタイミングで波が被さって海水を飲んでしまうことだってあるし、普通ならまず間違いなく平泳ぎを選択するだろうに。


 無謀と取るべきか、自信の表れと取るべきか、二人とも負けず嫌いが過ぎると取るべきか。


 どうであれ、かなりの速度で進んでいくうちに、 徐々に二人の間に距離が出来始めた。


 やっぱり手足の長いオレリア有利は動かないらしい。


 それに体力もあるから、速变が落ちない。


 一方、朱音は少し泳ぎに陰りが見え始めた。


 折り返し地点のブイに、まずオレリアが到着。


 タッチしたかどうかまでは春輝の場所からは離れすぎていて見えないけど、あのプライドの塊が不正を働くとは思えない。


 オレリアは朱音とすれ違う形で折り返して何故か、クロールを止めた。


 どうしたんだろうと見ていると、立ち泳ぎのままキョロキョロと辺りを見回している。


 どうにも焦った様子に感じられるのは気のせいだろーか?


 そして朱音かブイに触れて折り返し、そこでようやく、春輝は気付いた。


 オレリアの、ビキニのトップ。


 それが、無くなっている。


 片腕で胸を隠すようにしていて海面から肩から上しか出ていないので、波の加減でちらっとしか見えないけど……あれは確実に、水着が消失している。


 紐で結ぶタイプな上に激しくクロールなんてしていたからだろうけど、これは致命的だ。


 色んな意味で致命的だ。


 どうしてもっと陸に近い位置で脱げなかったのか。


 それにどうして手元に望遠鏡が無いのか。


 こんな人生に一度あるか無いかのハプニングだっていうのに、なんて勿体な……って、いかん。


 思考が波に流されておかしな所にいってしまってる。


「お、見つけたか……?」


 神様を呪いたくなるくらい悲嘆に暮れながらも見続けていたので、オレリアが横に泳いで手を伸ばす姿もちやんと見て取れた。


 やっぱり距離がありすぎて詳細は見えないけど、どうやら無事に水着を発見出来たらしい。


 しかしその間も朱音は泳ぎ続けている。


 ペースはかなり落ちているけど、だいぶ差が出来た。


 パッと見で三十メートル以上。


 これは勝負が決したかなー、と春輝はスタート地点へ向かって歩き……


 思わず、足を止めそうになった。


 水着の再装着に成功したらしいオレリアが、猛烈な速度で追い上げ始めた。


 速い。


 間違いなくさっきまでより速い。


 寄せては返す波に上手く乗っているのかもしれないけど、それにしたって速すぎる。


 その証拠に、相当あった朱音との差がみるみる内に埋まっていく。


 朱音は平泳ぎに変えて一定ペースを保っているけど、このままだとゴールする前に追いつかれるのは必至だ。


 徐々に近付いて来る二人の予想以上に熱いバトルに、春輝は興奮気味に見入ってしまう。


 もう全行程の四分の三は消化している。


 後は気力の勝負だ。


 一体どっちが真の負けず嫌いなのか、勝者になるだけの運を持ち合わせているのかが、これで明らかに……




 楽しく見ていられたのは、そこまでだった。




 視界に入った思わぬ光景に、春輝はまず小さく疑問の声をあげた。


 あと数メートルで朱音に追いつくところまで接近していたオレリアの体が、突然沈んだように見えた。


 海中に潜む誰かに足を引っ張られたような光景……しかし、すぐに浮上する。


 ただし、のんびり見ていられる状況じゃなかった。


 海面で両腕をばたつかせるオレリアの動きは間違いなく必死になって藻掻いている様子で、まともに顔を出しているのも辛そうに見えて、


 溺れている、と気付いた時には、春輝はもう海に飛び込んでいた。


 朱音に声をかけるべきかもしれないけど、あいつも必死だ。


 聞こえない可能性が高い。


 それに溺れている、自分より背の高い人間を助けるなんて、体力をギリギリまで使い果たしそうになっているヤツに任せられることじゃない。


 あっという間に二次災害だ。


 だから春輝は迷うことなくオレリアの元へと泳ぎ、途中で幼馴染みの乱入に気付いて驚いた顔をしている朱音も無視して限界まで速度を上げる。


 体感時間にするとやけに長く感じたけど、ゴールまで百メートルも残っていなかったから、たぶん一分強ぐらいしか掛かっていない。


 それでもようやくといった感じでオレリアの元へと辿り着いたとき、既に海面から頭は出ていない状態だったので、潜って下から抱き上げるようにして浮上する。


 少し暴れられたけど、大したことじゃない。


 従育科の授業で水難時の人命救助は何度かやっているし、鳳凰寺のでたらめな力で暴れられて死ぬ思いをしながら泳ぎ切ったこともあるから、この程度なら余裕だ。


 ただし、これは授業じゃない。


 いざという時に頼りになる深閑はいないし、その次に頼りになる倉木もいない。


 だから自分が何とかする。


 やりきるしかない。


「やれない……わけ、が、ないだろっ……!」


 気合いを入れて、春輝はぐったりとしているオレリアの腕を無理矢理自分の首に回した。


 そしてこっちは脇の下から腕を通して体を持ち上げ、泳ぎ始める。


 両腕は塞がっているから速度は出ない。


 それでも、下手な奴の平泳ぎよりはマシ、くらいのスピードで陸へと向かう。


 横にあるオレリアの顔……その目は閉じられていて、呼びかけても返事が無い。


 気を失っていると知って、舌打ちしたくなる。


 人命救助は迅速に。


 ただし焦りは禁物。


 二次災害が起きれば何もかもがパアになる。


 でも実際、これは焦る。


 本気で心臓の跳ね方がおかしいし、いくら泳いでも砂浜が近付かないような錯覚まである。


 ……けど、大丈夫。


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