八話・16
帰省してすぐに遊びに来たのを訝しんでいるのか、それともこのドリルは遊びに来てくれるような友達がいないのか。
まあ小さな頃からラベールブロンシュに居たっていうなら、大抵の友達はラベールブロンシュで会っている奴等だから、別れてすぐに会いに来るのを妙に感じるのも仕方ないのかもしれないけど。
そんな春輝の考えは、ある意昧で当たりだった。
「食事が済んでいるのなら、遠慮はいりませんよね?」
ダイニングに響いた来客の声に、春輝は持っていたスプーンをヨーグルトの器の中に取り落としてしまった。
まさか、と思わず首を横に振る。
あいつが来たなんて、そんな馬鹿な。
だって、そんな大して仲が良くもないというか、むしろ犬猿の仲だってのに。
頭の中でそう否定するけど、聞き覚えがありすぎる声を間違えたとも思えなくて、春輝は恐る恐る使用人の後ろへと注意を払って、……そして現れた人影に、顔を覆いたくなった。
一方、血気盛んなオレリアは椅子を倒しかねない勢いで立ち上がった。
「ど、どうして藤條さんが……!?」
「あら、わたしがクラスメイトのお宅へ来るのがそんなに意外ですか?」
そう言って微笑んだのは、どこからどう見ても藤條朱音。
幼馴染みにしてハリウッド映画の黒幕も真っ青な腹黒女だ。
その後ろには倉木の姿もある。 I
「グランヴィルさんが日本にいる間に、と思ったので、少し急ですけど遊びに来たんですよ。
お邪魔でしたか?」
「……よくもまあぬけぬけと、そんなセリフが出てきますわね」
「わたしだって女ですし、多少は気を遣いますよ?
だってグランヴィルさんが、はしたなくも朝早くから走り回って強権発動をさせてまで男の子を自宅へ招いている最中ですから」
「なななんっ、なんですってぇ!?」
大袈裟すぎるリアクションのオレリアに対し、朱音は『違うんですか?』と言わんばかりに頬に手をやり小首を傾げた。
いや流石、腹黒の名は伊達じゃない。
事実を言っているだけなのに、こうもいかがわしくさも何かがあるように喋るだなんて、並の才能じゃないな。
ちっとも欲しいとは思えない才能だけど。
「んで、わざわざこいつからかいに遊びに来たってか?
暇だな、お前も」
オレリアに任せておくと話が進まなくなりそうなので、春輝はとりあえず目的を質すことにした。
挑発に受け取られそうな言い方だったけど、そこは気心の知れた幼馴染みというか、一方的に見透かされている関係というか、朱音のヤツはにっこりと微笑んで、
「ええ、暇なんですよ。
ですからグランヴィルさんのお宅を拝見……というより、一つ提案とお願いをしに来たんです」
「お願い、ですって?」
ピクリと眉を動かしたオレリアが、その部分に食いついた。
宿敵が垂らしたあからさまな釣り餌に、即座にバクッと。
傍で見ていて清々しいくらいのハマりっぷりだ。
「ええ折角夏休みに入ったことですし、海で水遊びをしたくなったんです。
でも今は試験中で、海外に足を速ぶ暇は無くて……でも、一人だけ近場にプライベートビーチを所有している人に心当たりがあったものですから」
「つまり、島を借りたいと?
そういうことですのね?」
「いいえ、一緒に遊びましょうということですよ。
勿論、必然的に倉木くんと春輝くんも参加することになりますから、四人で、という提案です」
「俺達もか。
まあ、お前等の傍にいないといけないんだから、そうなるんだろうけどよ」
出来れば巻き込まれたくはないけど、ほぼ何もしなくていい試験内容とはいえ目の届く範囲にいなくてはいけない。
この二人が遊びに行くと言うんなら、自分と倉木も道連だ。
それはまあいいけど……島?
この辺りに島を持っているのか、オレリアの家は。
日本で島を持っている個人なんてどっかの歌手くらいしか知らなかったけど……見た目は完璧白人なのに日本大好きだな、グランヴィル家の皆さんは。
春輝がそんな益体もないことを考えている間にも、オレリアは難しい顔で春輝を寄せていた。
突然の申し出に、何か裏があるんじゃなかろーかと悩んでいるのかもしれない。
相手が朱音ならそれも仕方ないけど。
ただ、それを言うなら。
相手は朱音なんだから、ただの申し出で終わる訳もない。
自分よりずっと上手にチェックメイトまでの道筋を描ける女。
それが藤條朱音だ。
今もミス腹黒は、その黒さを感じさせない微笑を浮かべ、
「良い返事が頂けなくても仕方ないですね……突然ですし、何より脱がなくてはなりませんから。
色々とお手入れも必要でしょうし」
「そんなもの必要ありませんわよっ。
私はいつでも体の隅々まで手入れが行き届いていますもの、当然ですわ!」
「あら、そうなんですか?
でも水着になるんですよ?
見たところ、たくさん食べていたようですけど……ああ、パレオで隠せば大丈夫ですね?」
「ッ!
私が、そんな姑息な誤魔化しの必要な体型とでも?」
「いいえ、そんなことは。
でも、服の上からだけでは分からないことも多いですから」
次から次へと、ポンポン挑発の言葉を投げていく。
それに一々オレリアは反応して……あー、やっぱり駄目だな。
結果は見え透いている。
ちらりと倉木へ視線を送れば、何か諦めたような表情だった。
あいつもこっちと同意見とみて間違いないな。
こうも容易に相手の思惑通りに動く試験のパートナーに、春輝はやれやれと首を横に振る。
良く言えば純粋、悪く言えば単純馬鹿か。
……まあ、どうにしろ。
ギュルギュルと回転しながら直進するばかりのドリルがどう答えるかなんて、決まっていた。
「行きますよっ!
いいですわ、貴方をグランヴィル家の所有する島に招待しますわよっ!」
ほらやっぱり……と言う代わりに、春輝は深くため息を吐いた。




