八話・15
「なんか起きた時から右肩が痛いんだけど、どうしてなんだろ?」
「……知りませんわよ」
「それに俺、いつの間に寝たんだ?
お前の親父さんとチェスしていたところまでは覚えてるんだけど、その後どうしたんだっけか?」
「……知りませんわよ」
「……なんか不機嫌そうだな、オレリア。
何かあったか?」
「何もありませんでしたわよっっ!」
そう叫んでプイとそっぽを向くお嬢様に、春輝はやれやれとため息を吐いた。
試験二日目の朝は、どーにも楽しくない雰囲気だった。
春輝が目を覚ますと、既に時刻は十時過ぎ。
宛がわれた部屋にいつ戻ったのかも記憶にないまま、とりあえず昨日出迎えてくれた女性使用人に言ってシャワーを使わせて貰った。
総檜で造られた十人までなら一度に入れそうな浴槽に、風流な水音を立てて沸いている温泉というのはかなり魅力的だったけど、朝っぱらから入るともう一日何もしたくなくなりそうだったので、楽しみは夜に回すことにした。
用意しておいた着替えがいつもの従育科制服というのがちょっと気が滅入るけど、試験中だから仕方がないと自分に言い聞かせつつ着替えてダイニングに向かうと、そこにはブランチを摂っているオレリアがいたので相席したわけ、だが……
何故だか、オレリアの奴は目を合わせようとしない。
俯いているんじゃなくて、あからさまにこっちを見ない。
不機嫌レベルがかなり高かった。
こんな状態の奴と会話をするのはちょっとばかり腰が引けるけど、話さないことには何も分からない。
昨日の夜の記憶は曖昧だし、無言の食卓っていうのはちっとも食欲が湧かないし。
今日は刺繍の入った赤いスリップショートドレスを着て例の如く髪をぐるぐるドリルにしているオレリアは、むすっとしたままバケットに入っているフォカッチャを食べシーフードサラダを食べカボチャのスープを飲みと、上品ながら次から次へと口の中に放り込んでいく。
春輝もそこそこ量を食べる方だけど、同じかそれ以上に食べている。
「しかし凄いな……細っこい腹のどこにそれだけ入るんだよ?」
春輝がしみじみと抱いた感想を口にすると、音速を超えそうな勢いでオレリアがこっちを振り向いた。
「ちょっ、ちょっと貴方!
どうして私の腰が細いって知ってますのよ!?」
「へ?
んなもん、私服でそーいうドレスとか体のラインが出るもんばっか着てれば分かるだろーが」
「えっ……そ、そういうことですの。
…………ということは、昨夜の記憶が残っている訳じゃなさそうですわね」
「あ?
何か言ったか?」
「何にも言ってませんわっ!」
いや明らかに何か呟いてたし。
とはいえ、挙動不審すぎて突っ込み難いので、春輝は大人の態度で「そーか」と流す。
一応ここはこいつの家なんだし、ある程度は穏便に済ます努力をすべきだろうし。
二人だけでの食事は微妙に張り詰めた空気のまま進んだ。
明らかに消化に悪い。
せめてオレリアの父親がいれば話は別だったんだろうけど、あの英国紳士も地味に話が通じない人種なので、悪化している可能性もある。
無い物ねだりをしても意味なんて無いんだと少し人生を学んで、春輝はデザートに用意されていたブルーベリージャムを落としたヨーグルトに手をつけようとした時、チリリリ、という鈴のの音のような音が聞こえてきた。
「ん?
これ、チャイム?」
「ですわよ」
素っ気なくオレリアは応え、廊下の方からはパタパタという玄関へ向かうスリッパの音が聞こえてくる。
たぶんまたあの使用人が応対するんだろう。
客か、それとも配達か何かか。
日本では豪邸に入る外観の家だし、セールスっていう可能性もあるけどどうなんだろ、金があるのは分かっていても特攻する勇気が出なくてその手の販売は来ないのかも。
新聞の勧誘なんて来ないだろうなー、って気がする。
春輝がそんなどうでも良いことを考えていると、スリッパの音が戻ってきた。
そしてやっぱり昨日から世話になっている使用人の彼女がダイニングに入ってきて、まずペコリと綺麗にお辞儀をした。
「お嬢様、お食事中のところに申し訳ございませんが……」
「なんですの?
もう済みましたから構いませんわよ?」
「その、お客様がお見えになられています」
「客、ですって?」
そう言って、オレリアは眉を顰めた。
その反応を不思議に思って、春輝も眉を顰める。
客の一人や二人、別に珍しくもないだろうに。




