八話・14
まずいですわこれは非常にまずいですわと分かっているのに、肩に回されていた腕から逃れることは出来なくて、もがく四肢にどれくらい力が入っているかも分からない。
しかもそのままソファに押し倒される形になって、オレリアはいよいよ焦った。
若い男女が、二人きりで、しかもソファに折り重なるように……
「どどどどういうつもりですのよっ?!
悪ふざけはいい加減にっ」
そう叫びながら、オレリアの頭によもやの可能性が過ぎる。
まさか、このまま、
酔った勢いで、
雰囲気に流されて、
一夜の過ちを……
そんなことはあってはならないことだと急速点滅している理性が訴えているのに、どういうわけか体は動いてくれない。
硬直したまま、仰向けになった自分に春輝が近付いてくる。
具体的に言うと、顔と顔が接近する。
呼吸をしたら相手に息がかかる近距離にまで迫られて、オレリアは……
覚悟を決めて、ギュッと強く目を瞑る。
そして春輝の胸板と自分の胸が重なって、互いの心臓の鼓動が伝わりあって……
……。
…………。
……………………。
いつまで経っても予測していた感触は訪れなかった。
その間、ずっと息を止めている。
もう限界だ。
色々な意味で限界だった。
だからオレリアはそっと、恐る恐る目を開けて……
「……え?」
覆うように重なったまま、自分の頭のすぐ横に突っ伏して。
兵頭春輝は、熟睡していた。
「……これ、は……え?
つまり、その……」
現実の素っ頓狂さにやられそうになりながらもオレリアは懸命に考えて、一番しっくりくる可能性を導き出す。
泥酔。
酔った勢いでスキンシップ。
さらに勢いで押し倒す。
電池切れ。
「有り得ませんわ」
ぽつりと呟いて、オレリアは奥歯を噛み締める。
実際にこの状況が訪れたのだから『なるはずがない』という意味ではなくて、酔って押し倒しまでしたのに何もせずに寝てしまった兵頭春輝への抗議でもなくて、そんなことよりずっと問題なのは、
「ち、力の差があってどうにも避けられない状況ですもの、嫌々ながらでもあんなことを受け入れようというのは仕方ないですわ……ですけど……っ!」
未遂に終わったことにホッとするのはともかく、拍子抜けしている自分がいるのは、どういうわけなのか。
不覚すぎる自分の反応に、オレリアは押し倒されて身動きもままならないまま歯をギリギリと軋ませて。
「……おや?
もしや、春輝君は寝てしまったのかな?」
「そのようです。
残念です」
不意に聞こえて来た小さな声に、オレリアは瞬時に首を回してそちらを見た。
応接室のドアが、ほんの少しだけ開いていた。
そしてその隙間から、緑色の目と鳶色の目が仲良く縦に並んでこっちを見ていた。
「むう……ショーの見せ場で幕が下りてしまったことに哀しむべきか、娘の痴態を見ずに済んで喜ぶべきか……父親というのは難しいね」
「一使用人としては何を見ても言いふらさずただ楽しむだけでしたので、素直に残念です」
「ハハ、流石はアンナ君。
その職務に忠実なのか好奇心を満たして独り占めしたいだけなのか分からないところがいいね」
「お褒めに預かり光栄です、旦那様」
二人の声は楽しげで、しかも隠れるつもりがあるのか無いのか分からない。
そんな父親と使用人に、オレリアは顔を真っ赤にして、
「ふっ、二人とも何をのんびり見物しているんですのっ!?
どうして私を助けてくれないんですのよ?!」
「あ、バレた」
「バレてしまいましたね」
「バレますわよっ!
それより、一体どういう了見で」
「ハハ、娘の成長を見届けるのは親の義務だよ?」
「お嬢様のプライバシーを守るのは使用人の務めですし」
「そんな義務や務めはコンクリートで固めてチャレンジャー海淵に沈めてしまいなさいな!!」
とても頼り甲斐のない二人を怒鳴るも、一向に助けに来ようとしない。
本当にあれが自分の父親と信頼出来る使用人なのかと疑いたくなる。
結局、オレリアは数分間暴れ続け、上に乗っていた春輝が転がり落ちるまで押し倒されたままでいる羽目になった。




