八話・13
「な、なんですのよ……?」
「別に何ででもないけどよー……いやある、あるか。
お前といい鳳凰寺といい、何食えばそんなに胸がでかくなるんだよ。
それは高校生の持ち物じゃねーだろ」
「ぅなっ!?」
直球な言葉に、瞬時に顔が真っ赤に染まる。
オレリアはそれを自覚して、恥ずかしさを振り払うように、
「なっ、な、なにを言いますのよこの男はっ!?
せ、セクハラですわ!
無礼にも程がありましてよ!?」
「あー?
何がセクハラだ自信過剰のエロ乳女。
いつもいつも見せびらかすような薄着でいるヤツが生娘みたいなこと言ってんじゃねーよ」
「え、えろちち……この私が、えろ」
「んだよ、褒めてんだから喜べっつーの。
お前ならそこいらのグラビアアイドルにも負けないくらいの人気者になれるぜ。
試しに駅前で軽く全裸になって来いよ」
次々と投げつけられる恥辱の言葉に、オレリアは肩を震わせて頰をひくつかせた。
これだから酔っ払いは嫌いですわ品のない庶民はさらに嫌いですわ!
とオレリアが内心で愚痴っていると、
「朱音のヤツもきっと羨ましがってんぜ。
あいつ、貧乳って程じゃねーけど色気はこれっぽっちもねーからな」
「藤條さん?」
ぶつくさ言っていた春輝が、気になる名前を口にした。
『朱音』というのは他でもない、藤條朱音のことだ。
二人は幼馴染みだということだけれど、詳しいことをオレリアは知らない。
調べれば分かることだが、そんな趣味の悪い真似はしたくないのでしなかった。
ただし興味が無いわけではないので、やっぱり気になる。
怨敵ともいえるこの庶民と、天敵ともいえる藤條朱音。
どんな過去が二人を繋いでいるのか、知りたいという気持ちは少なからずある。
勿論それは近い将来自分が勝つための礎とする為であって、別にどんな子供時代を送ったのかしらとか二人だけが思い出を共有しているのがどうしてか癪だとか、そういう理由ではなくて。
オレリアはこっそりと深呼吸をして間を取り直し、出来る限りの社交界スマイルを浮かべて隣に座る春輝へと問いかけた。
「そ、そういえば藤條さんとは小さい頃からのお知り合いでしたわね?」
「あー?
そうだけどよ、ガキの頃のあいつなんてろくなもんじゃねえよ。
……ん?
今だってろくでもないのは変わらないから、今も昔も……あぁ?」
よし、ちゃんと反応してくれた。
酔っ払い独特のこんがらがった思考だけれど、それでも認識はしたのだから、あと一押し。
「具体的には、どんな子でしたの?」
「ありゃあガキ大将って感じだ。
むかつくけど誰もあいつに敵わなかったしよー……いやあいつより足が速いのや絵を描くのが得意なのはいたけど、一番威張ってて人気あったのはあいつだったしな」
「……なるほど、そうでしたのね」
「極悪っつーのはあーいうのを言うんだよ。
大人には受けがいいし、大抵のことはそっなくこなしやがるし、勉強だって出来たしよ」
「それはただの優等生じゃなくて?」
ただの僻みにしか聞こえないので突っ込みを入れて、それからオレリアは相手が酔っ払いだと思い出す。
まともに受け答えが出来たり会話内容に一貫性があったりする方が稀な状態だ。
けど、春輝は口元を歪めて舌打ちをして、
「基本的にあいつはいじめっ子なんだよ。
聡いから相手が絶対に触れられたくない領域には手を出さない癖に、そのギリギリのところまでは抉ってきやがる。
本気で嫌われるようなことはしないってのに、ちくちくちくちく責めやがって……恨もうにも親切に便宜を図ってくれることもあるし、腹黒い癖にそこまで陰険じゃないから恨みきれねーしよ」
「……ええと……それは藤條さんの話、ですの……?」
念の為に確認を取ると、春輝は「決まってんだろ」とぶっきらぼうに応える。
それか当たり前のように。
けど、オレリアには俄に信じられない。
今この男が話していた人物と、自分の知っている藤條朱音は、どうやってもイコールで結びつかない。
この十数年で急成長を遂げ今や世界に名だたる藤條家。
その中で最も重要な人物とされている藤條琢巳の結婚は当然ながら社交界では話題となって、相手が子連れの未亡人だというのは早々にオレリアの耳に入っていた。
そしてラベールブロンシュの中等部に上がり実際に顔を合わせた藤條朱音は、飾り気の少ない清楚な印象すらある少女で、その癖に退くことを知らず幾度もぶつかりあってきた。
余裕の笑みを絶やすことは殆ど無く、成績は群を抜いて優秀で、ちょっと突けば嫌味なセリフが倍返しで戻ってきて……
けど、そんな、春輝の言うような根性の拗くれ曲がった人物とは思ってもいなかったし、相手の心情を配慮しているのか蔑ろにしているのか分からないやり口をしているだなんて、青天の霹靂としか言い様のない証言だ。
酔った勢いで、あること無いことを妄想混じりで話しているとしか思えない。
思えない、けれど。
もし、本当に『そう』だとしたら?
だとしたら、これはもしかすると、あの藤條朱音の弱味を握ることに繫がるかもしれない。
脳裏に浮かぶのは、青ざめた顔で肩を落とす宿敵の惨めな姿……
「まあ、朱音のヤツのことはどうでもいいんだけどよー」
「どうでもよくありませんわっ。
もっと彼女のことを、」
これ以上は無いかもしれない絶好の機会を逃してなるものですかと追い縋り、オレリアは身を乗り出すようにして兵頭春輝に顔を寄せ、
「こんな美人と一緒にいるってのに、他の女のことをべらべら喋ってどうすんだよ」
「ふふぇっ!?」
耳元で、囁くようにしてとんでもないことを言われ、オレリアは反射的に身を仰け反らせてしまった。
顔が、体の奥が、火をくべた暖炉のようにカッと熱くなる感覚に襲われる。
不意打ちであんなことを、しかもそれを言ったのは兵頭春輝だ。
動揺するに決まってる。
それでもオレリアは必死に平静さを取り繕って、上手くいかないままに春輝を睨み付けた。
「からっ、からかうのはお止しなさい!
今更、そんなご機嫌取りなんてっ!」
「あー?
なんで俺がお前の機嫌なんて窺わないといけないんだよ」
「だって、貴方……でなかったら、そのっ……」
「事実だろ。
お前みたいな綺麗な顔しているヤツは日本じゃ滅多にいないだろうしよ」
そんなことを、至近距離で言われてしまったら、もうどうすればいいのか。
ワインを飲んでも乱れることの無かった心拍数は大いに乱れ、呼吸もおかしくなっている。
とくとくと音を立てている心臓の音がやけに響いて、視界の中には兵頭春輝が笑みながら真っ直ぐに自分を見つめている。
今更そんな、綺麗だとか美人だと言われてここまで動摇するだなんて、自分らしくない。
オレリアはどれだけ自分が魅力的な容姿とスタイルをしているか十分に理解しているし、社交界とは相手を褒める技術が必須となるので聞き飽きるほどに美しさを讃えられてきた。
だというのに、修飾も捻りもない酔っ払いの一言で、未だかつてないくらい冷静さを失ってしまっている。
いつも小馬鹿にするような軽口を叩いてくる、粗野で下品で身の程知らずな男の言葉に、こんなにも揺さぶられているなんて。
「こ、これは何の夢ですのっ!?
しかも悪夢ですわ、史上稀なくらい極悪な夢ですわよ?!」
「何を訳分かんないこと言ってんだよ。
喚いてないで、もっとよく顔を見せろっての」
「だからそのような貴方らしくもない言葉を、ひぁっ!?
な、何を触って、」
「いや?
綺麗な肌してんなと思ってよ」
「だからって触っ、や、ん、っく……ぃ、このっ……」
頬から耳を、そして首筋を、浅く撫でるように触れる春輝の指先に、一々背筋から波打つように肌が震えて……それが腹立たしくて睨み付けた上に平手で叩いてやろうと思うのに、ぞわりという感覚に上手く体が動かない。




