一話・13
「何か困ったことがありましたら、職員室へ行ってくださいね?
それでは春輝くん、ご機嫌よう」
そうしてから、興味津々といった目をしたままの吉住を連れて早足で去って行く。
走らないのは淑女の嗜みなのかもしれないけど、やっぱり朱音にその手の単語は似合わないよなぁ……とか思いながらその場に突っ立っていた春輝だったが、二人の姿が見えなくなったところでくるりと体の向きを変えて歩き出した。
ようやく一人になれて気が楽になったからちょっと休みたいけど、学院散策の続きをしなければ明日以降に困るかもしれない。
とはいえ、どこへ行けばいいんだか。
まるで見当がつかないのが困りものだ。
宛ても無ければ特別興味を惹かれる物もないし。
強いて言うならばこのラベールブロンシュ自体がおもちゃ箱かびっくり箱みたいなもんなので、どこを見てもそれなりの驚きや収穫はありそうだし。
「まあ、適当に歩き回ってみるか」
こういう時に案内図もあれば便利だが、本当のテーマパークとは違って学校であるラベールブロンシュの敷地にそんなものは無かった。
場所によっては見取り図くらいあるかもしれないけど、肝心のその場所が分からないから今は役に立たない。
やっぱり歩き回る他はなさそうだった。
まあ、気楽に学内を彷徨いてみればいいだろう。
職員室には四時までに顔を出せばいいと言われていることだし、迷子にならない程度にぶらついて飽きたところで終えればいい。
「さて……とりあえず、と」
まずは本校舍を一回りしてみようと決めて、周囲に目を配りながら歩いてみる。
するとすぐに、ただ歩いているだけなのに退屈しないことに気がついた。
見慣れない場所だから、というのもあるかもしれないけど、間違いなくそれだけじゃない。
あちこちに意匠を凝らしたオブジェやよく手入れのされた植え込みなどがあって、耳を澄ませばテニスボールを打ち合うラリー音や管楽器の演奏、おまけに馬の嘶く声まで聞こえて来る。
それでいて喧しいわけじゃなく、こう、ハーモニーが……って、
「馬ぁ?」
『どうして、馬が?』と少し考えて、馬術部でもあるのだろうと思い当たる。
どこかの高校にはそんなものが存在すると聞いたような気がするし、この学校ならそんなハイソな部があっても不思議じゃない。
むしろ納得がいく。
ただ、高等部だけでは百五十人程度しかいないのにそんな部があるのはどうなのか。
中等部も同じ敷地内にあるとはいえ、数は精々倍にしかならないだろう。
生徒数は少なくて、それなのに無駄に施設は豪華で、おまけに彫像やら噴水やらがあるのはかなり勿体ない気もする
一体、どこから資金調達しているのか。
運営費に想いを馳せるのは学生として間違っている気がするけど、流石に気になる。
何か悪いことに手を染めていたら……って、それは歴史ある名門校だから可能性は激薄だけど。
まあでも、そのおかげで従育科の生徒はタダ同然で通うことが出来るんだから、謎のシステムに感謝しなくてはならないのかもしれない。
大方、寄付金かなんかだろうけど。
どうせなら埋蔵金があったとかの方が面白いんだけど……。
「ちょっと、そこの貴方!」
過当な考えを巡らせていたところに横手から甲高い声で呼び止められて、春輝は反射的に足を止めた。
いつもの習慣で、目を細めて真っ正面からではなく斜めに見るように振り向き、誰が声を発したのかを確認する。
声からある程度察していた通り、そこにいたのは女だった。
ただし、予想もしていなかった美人で、おまけに予想外の髪型をしていた。
恐らくは同年代。
女性にしては背が高く百七十センチ近くありそうだ。
真っ白い肌色と透けるような青い瞳からして、少なくとも純粋な日本人じゃなさそうなので、びっくりする程手足が長いのも多少は納得出来る。
白い袖無しのミディアムドレスという、六月になっていないこの時期にも高校という場所にも似合わない服装だが、それ自体は西洋風の顔立ちにとても良く似合っていて、陽の光を浴びて金色に輝く髪との相性もいい。
しかし……なんだ、あれは。
くるくると渦を巻くような、漫画や人形でしか見たことのない髪型。
確か縦ロールというやつのはずだが、実際に目の当たりにすると物凄いインパクトだ。
こう今にも動き出しそうな具合な躍動感があるし。
蒼い目の金髪美人という存在自体、滅多にお目にかかれないというのに、髪型によってさらにレア度が上がっている。
履いているのは白のミュールで、手に持っているのはやはり白のハンドバッグ。
それもファッションや小物に疎い自分ですら知っている有名ブランドの物。
これだけ珍しい『ザ・お嬢様』という感じの相手を前にすれば、流石に物珍しさに興味が湧く。
あと髪型にも。
つい動力源はなんだろうとか考えそうになる。
だが縦ロールの方はそうではないらしく、こっちを凝視する目つきは明らかに不審者を見るそれだった。
「貴方、どこから入って来ましたの?
ここは誉れ高きラベールブロンシュの敷地内ですわよ」
「……あー、俺は、」
「日曜の学院内に、貧相な顔の品のない服装の男……しかも手には小汚いバッグ……」
転校生だ、と春輝が説明をする前に、ぶつぶつと何やら呟き出す金髪のお嬢様。
独り言なんだろうが、バッチリ全部聞こえている。
しかし当人はそれに気付いていないっぽく、真剣な表情で足下へと視線を落とし、そして弾かれたように顔を上げ、ビシっとこちらへと人差し指を伸ばし、
「貴方、件の不審者ですわね!」
高らかに、断言した。
指差されて叫ばれた春輝は、小さく頷く。
よし、こいつはきっと話が通じない。
なんか自分の名探偵っぷりに酔っているような爛々とした目をしてやがるし。
なので、取る行動はすぐに決まった。
彼女を無視して散策に……。




