八話・11
その頃。
都内某所にある藤條家の一室で、朱音と皐月はいくつかのアルバムを前にして談笑をしていた。
朱音はレモン色の半袖のパジャマで、皐月の方は素っ気ない青のジャージ姿。
もう寝る時間も近いので、飲んでいるのは安眠効果のあるハーブティーだった。
「卒業アルバムがあれば良かったんですけど、残念ながら三年生までしか同じ学校にいなかったので……でも、遠足の時の写真やちょっとしたイベントの写真ならあるはずですよ」
「そうなのか」
素っ気ない口調で言いながら、内心で皐月は興味津々だった。
だって、写真だ。
昔の兵頭が映っている写真だ。
興味ないなずがない。
ルームメイトなので、出会ってから二ヶ月寝食を共にしているが、皐月にとって、兵頭春輝はどこかちぐはぐな印象のある男だった。
パッと見は不良。
『だりぃ』とか『うぜぇ』とかが口癖っぽく見えるし、髪の色はともかく耳に刺している三つの安全ピンはまるで意味が分からない。
何か意味はあるんだろうと踏んでいるが、そこを訊くと知りたくないことまで話されてしまう気がして、なかなか上手く切り出せない。
たまに新しいものに替えているので、思い出の品という線ではなさそうだけど。
ともあれ、外見からの第一印象とは違って、中身はどうにも真面目で家庭的な奴だった。
普通、男子高校生は暇な日曜に料理雑誌を読んだり制服の袖の解れを自分で繕ったりはしないはずだ。
とてもちぐはぐな印象のあるルームメイト。
それが皐月の持っている兵頭春輝のイメージだ。
付き合えば付き合うほど、もっと色々と知りたくなる。
藤條朱音から今回の試験のパートナーになる旨を受けたのは、『兵頭の幼馴染み』ということも大きい。
あの時、兵頭がグランヴィルのお嬢様にカードを渡されたあの日、朱音は自分にこう囁いた。
『あなたの隠していることについて、二人きりで話したいんです』
……その言葉を聞いた時は貧血を起こして卒倒しそうになったが、なんとか平静を装い試験のパートナーを受けることを了承した。
隠していることは色々あるが、まず真っ先に思い付くのが、自分が、性別を誤魔化してラベールブロンシュ従育科に通っていることだ。
前理事長と深閑はその事実を知っているが、後は誰も知らないはず。
理事長兼事務員の真宮院都は、たぶん知らないと思う。
彼女が知っていたなら、何かの際にうっかりバラされていると思うので。
ルームメイトの兵頭も……際どい場面はあったけど、気付いていないはず。
それはそれで少し複雑だけど、バレてしまうよりはいい。
しかし、藤條朱音。
もし、彼女が知っているとして。
そして、その秘密を知已である兵頭に漏らされてしまっては……全てが終わってしまう。
ということで、皐月は不安と疑念を抱えつつ今回の試験に臨んだのだが……
行きの車中、藤條朱音は今日の天気に触れるような気軽な口調で切り出した。
『倉木くんが本当は女性だということは調べがついていますけど、それに関して脅すつもりも告発するつもりもありませんので、安心してくださいね?』
『……それは……僕としては有り難い、が……』
『勿論、春輝くんも含めて口外しません。
藤條の名にかけてもいいですよ』
『……なら、どうしてこんな真似を?
どこにメリットがある?』
『ないこともないですよ。
将来的なことを考えればあなたの信用を勝ち取るのはかなりの価値があると言えますし。
それに……』
『それに?』
『ルームメイトであるあなたと、春輝くんの話をしたかったので。
ああでも言わないと、わたしの誘いに乗ってくれなかったでしょう?』
にこりと微笑んでの朱音の言葉に、皐月は心の中で『確かに』と頷いてしまった。
そして以降、藤條朱音との会話は殆どが兵頭春輝に関することで……まあ、予想より充実した時間だった。
こうして目の前にあるアルバムにしてもそうだ。
昼間散々聞かされた、今の兵頭とは重なる部分が少なそうで多い小学生時代の写真が見られるだけでも、この試験を受けた甲斐はあったというものだ。
大事に保管されていたアルバムが、朱音の細い指で捲られていく。
当然ながら持ち主の映った写真ばかりだけど、中には友達が映っている写真もある。
「……さ、ここは懐かしいですね。
八歳の誕生日パーティーの時の写真です」
「む……これが兵頭、か……?」
そうだとは思いつつ、念の為に朱音へ確認を取る。
「ええ、そうですよ。
これは確かうん、クラッカーの音にびっくりして半泣きになっているところですね」
嬉しそうなコメントが返ってきて、皐月は改めて件の写真を見つめた。
六人の子供が映っている中で、一番目立つ中央の女の子が藤條朱音だ。
小さい頃から可愛いくて聡い子だったのだと分かる明るい笑顔で、独特の華があることが伝わってくる。
その横で、へにゃっと顔を歪めている黒髪の少年。
今にも泣きそうで、頼りない顔をしている弱気な感じの少年が……兵頭。
「可愛いでしょう?
昔から気が小さくて、男の子より女の子と遊んでいることの方が多い子だったんですよ。
運動するのも嫌いじゃなかったみたいですけど、それよりも花冠を作ったりお飯事をしたりする方が性に合っていたみたいで」
「凄いな。
どうしてこの子が、ああなるんだ……?
中身はそれ程変わっていないのかもしれないが……」
「ご両親が亡くなられてから色々あったみたいですけど、詳しいことは訊いてません。
話したくないことは自分から話したくなるまで待っというのがわたしの方針ですから。
ただ、時々方針転換もしますけど」
どこか優しい声音で紡がれた朱音の言葉に、皐月は無言のまま頷いた。
自分だって秘密にしていることがあるし、目の前にいる彼女もそうだ。
誰にだって晒したくない秘密がある。
いつか、ラベールブロンシュにいる三年間という時間の中で、兵頭の方から話してくれる時が訪れるのだろうか?
そんなことを考えながら、皐月はアルバムの次のページを開いて……何度もパチクリと目を瞬かせた。
「……これは、なんだ?
兵頭はどうして、こんな……?」
「え?
……ああ、それですか。
懐かしいなぁ」
写真の中にいる幼い兵頭春輝は、顔を真っ赤にして頭に白いタオルを適当な感じで巻いていた。
それだけならまだしも、ちょっと太めの少年を足蹴にして泣かしていた。
それまでのイメージとちぐはぐな写真に皐月が目を丸くしていると、クスクスと笑いながら朱音が言った。
「泣いている子は、よく春輝くんのことをからかっていた子なんですよ。
ほら、小学生って女の子と仲の良い男子をからかうことがあるでしょう?
おまけに春輝くんは一年生の時に将来の夢を『お嫁さん』なんて言ってしまったものですから、しょっちゅうからかわれていたんですよ」
「……それは分からなくもないが……」
「春輝くんは割と大人しい子で、ちょっと叩かれた程度じゃ仕返しも文句も言わなかったんですけどねー……それが、酔っ払って普段のストレスが弾けちゃったみたいで」
「……酔っ払った?」
「ええ、お菓子の中にあったチョコレートボンボンで。
確か甘酒でも酔っ払ったことがあったと思いますけど。
兎にも角にも、リミッターが外れちゃって、いつものように絡んできた瞬間にそれですよ。
流石に皆引いてましたね」
それはそうだろう、と皐月は神妙に頷いた。
草食動物だと思っていた少年が突然牙を剥いたら誰だって驚く。
しかも映っている兵頭の目はどう見ても据わっていて、小学生らしからぬ迫力があった。
思わぬ形で兵頭の知らざる一面を垣間見ることが出来たが、反応に困る部分を知ってしまった。
とりあえずアルコールには注意、とだけ覚えておく。
ふぅ……と吐息を漏らした皐月は改めてアルバムを見て、ふと、あることに気が付いた。
「そういえば、どうしてこんな写真がある?
祝いの席で残す写真じゃないだろう」
素朴な疑問だが、妙に引っかかる。
良識のある大人ならまずこんなものは撮らないはずだ。
その質問に対し、朱音はほんの少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「わたしが撮ったんですよ。
とてもいい証……いえ、いい思い出になると思いましたから」
「……そうか……」
「あ、折角ですから明日はこれを持っていくことにしましょう。
春輝君もきっと懐かしく感じるでしょうから」
「……そう、かも、な……」
皐月は俯きながら呟いて、初めて、兵頭がこのお嬢様に怯えるような態度を取る理由が、少しだけ理解出来た。




